あなたの問題
自分語り
ついつい、あなたは自分だけが特別な存在だと思いがちだね。だから、誰かの話よりも自分の話ばかり無意識にしてしまうわけだ。もちろん体裁としては相談相手になっている風を装っているけれども、結局のところその誰かよりあなたの方が大変だったし、辛く苦しい思いをしてきたんだと伝えてしまう。それだと相談する意味というか甲斐がなくなって、相談している人もあなたの声を聞くだけの時間になってしまう。さらに悪いことにあなたがそれを語り尽くしたとき、あなたは自らを親切な人だと思い込んで、自分自身を買いかぶってしまうわけだ。なんてあなたはいい人なんだとね。ところが、そんなことを無意識的に続けてしまうと最終的には誰もあなたに見のうち話をしなくなっていく。それでもあなたはそこから引き出そうとするわけだ。それが親切だし善意だと思っているからだね。そうやってあなたの周りはあなたに本音を隠そうとするようになっていくわけだ。
本当は違うこと
相談するとしても、すべてをさらけ出すには少し抵抗があるね。なぜならそれ自体にあなたの評価が関わっていると思うからだ。相談したいことがあっても、それがあまりにもひどいと思われてしまうことは多少間引いて話すようにしてしまう。本音ではなく少しオブラートに包むようにして言わば自衛してしまうわけだ。でもそれだと、本当に話したいことの半分も伝えることはできないね。あなたはそれも重々承知の上だ。だから仮に本気でアドバイスを受けたところで、その元データが少し脚色が入っているから、あなたもそれを本気で受け止めることができないわけだ。それもこれもあなたが相談した相手に対しての信頼度が高いほど、実は本音で話しにくいというパラドックスがあるわけだ。そして仮にそういう類の相談はもはや相談すべきことではなくて、そもそもあなた自身が答えをすでに知っていることだね。浅い情報からは表面的なアドバイスしか得られないのすでわかっているだろう。
そもそも
なぜそんなことをしてしまったのかとか、なぜそんな深い悩みができたかという根本的な要因は気が付かないわけがない。むしろそれを誰かに相談したところで、全てをさらけ出したとしもあなたと同じ解答を得られるだけであることもわかっている。だからそれをわざわざ話すのはどうしてだろうか。それはそうすることであなたは誰かの免罪符がほしいからに過ぎないわけだ。それもこれも結局のところあなたが許されるためにやっていることでしかない。ところが上っ面の情報だけだと、思わぬアドバイスを得られることがあってますます混乱するわけだ。あなたは悪くないとかあなたはそのままでいいとか言われたところで、あなたの心には全く響かないのはそういうことだね。誰かに免罪符をもらうのではなく、結局のところあなたがあなた自身を許せるかどうかにかかっている。そこにはもはや他人や外部的要因は必要ないわけだ。