事実無根
事実の根源
すべては他力本願であり、あなたは生きているわけではなく、生かされている存在であり、あなたができることは何一つない。事実は事実だと大騒ぎする世の中において、事実なんて実はどこにも存在しない幻想だね。事実とはあなたがそう思ったことでしかなく、または社会の雰囲気から押し付けられたものでしかない。あなたにとって親切なことは良いことだと思っているけれども、誰かにとっては余計なお世話だと感じることもあるだろう。あるいは、あなたは牛肉が美味しいと思っているけれども、他の人からすればとんでもないと否定されることもあるね。どれだけ事実を探したところで、それはあなたが感じるすべてであって万人がそれを良しとするわけではないことも知っているはずだ。なのに事実と違うと大騒ぎする昨今のSNS界隈をさらに規制しようとする動きがあるね。これはどういうことかというと、社会を維持するために事実を都合の良いようにコントロールするという側面が大きいのだろう。
あなただけ
あなたがそれを真実だとか本質だとか騒ぎ立てているだけのことで、実はどこにも存在しないからそれを探す旅に出ているね。それが証拠に常に事件は起きているだろうし、トラブルも耐えないし、苦難の連続だ。それらが指し示していることは、あなたがそれをどう捉えるかという課題でしかないということ。すなわちあなたがそれを受け入れれば事実になったり本質になったりするだけのことだね。普遍的な真理なんていうものは、実は一つしかなくそれはあなたがそこにいると認識していることぐらいだ。もちろんあなたがこの世から消え去った後にどうなっているかは知る由もないし、今ここにいるという事実でさえ、あなたがそう思っているからのことだ。すべてはどこにもないことであるし、存在しているかしないかという議論さえも同じことなんだよ。だからこそ好きなようにあなたが選択すればいいだけのことだし、それによってあなたが楽しむことができればそれがすべてとなる。
感じる
だからこそ、やりたいことがあればあなたにとっての事実であり本質だね。それが幻想であろうと他人とは違おうともそんなことはどうでもいい話となる。なぜならあなただけの世界しか生きられないのだからね。であれば、やりたいことに蓋をする必要などないわけだ。あなたはその意味では完全に自由であり、何ら制限されることもない。感じたそれらが事実であり、誰がなんと言おうともそれがあなたの世界そのものなんだからね。誰かに押し付けられた事実に従うなんて愚の骨頂とも言える。だからといってわがまま放題でいいという世界でもないことは、言うまでもなくそのこともあなたが一番良く知っているはずだね。あなたがやりたいと感じることがあなたの世界においての役割であるわけだから、それをただただ飽きるまでやればいいね。逆に言えばあなたができる唯一のことはそれしかないのだからね。他人の目というブレーキも実はあなたがそう感じて生み出している事実でしかないのだから。