疑心暗鬼
信じること
あなたは常に疑心暗鬼になって、あなたを騙そうとする輩に常に警戒しているね。悲しいことに現代社会において、隙あらばあなたのことを騙そうとしている人がいることも事実だ。だけどそんな思いをずっと持ち続けるのも疲れるだろうし、あなたの世界においてはすべては疑ってかかってからしか何事も取り組めないという最悪なそれになってしまう。だから、基本あなたが信じるならば騙されてもいいと思うことが必要だね。それを世間では愛というわけだ。そしてそれは無償の愛であるべきであり、もし見返りを求めているのならば、それは偽物の愛だ。ギブ・アンド・テイクなんて思っているのは愛ではないからそこは注意したほうがいいね。ビジネスライクに愛を偽善者として語るとすれば、あなたも騙す側の一員であるわけだからね。
この世のすべて
あなたが見ているその世界は、実はあなたが作り出した幻影である。だからあなたが信じたいと思うのならば、おそらくはそうなるはずである。ところがそうはいってもそうならないのは、あなたの心にまずは聞いてみるといいね。あなたが少しでも見返りを求めているかどうかということだ。そうだとすればいわゆる裏切られるのは間違いない。だってあなたが先にそう思って偽物の愛を生み出しているからだ。あなたの世界はあなたが創造しているというのはそういうことだ。打算的に物事を進めようとすると、必ずしっぺ返しがくるのはそういう仕組みだからだね。なら、あなたが本物になればすべてが本物になるということだ。あなたの邪心がそこにはない世界であれば、あなたの思い通りになるだろう。
どっちが先
そうはいっても損得感情から抜け出せないあなたは、先にそっちが愛を示してくれさえすれば、あなたもそれに応えるという取引ばかりしてしまう。取引をする世界を望むのならばそこに裏切り行為が頻発するのは当然のことだ。契約社会では、契約を遵守する一方で、それが不可能な場合は破棄される世界だ。約束は守るほうがいいとされているけれども、いつか約束を破ってやろうと虎視眈々に狙う社会は、安寧の余地はないね。生きるか死ぬかというサバイバルゲームにこの世は例えられるけれどもその根本原因はすべてあなたが生み出しているというオチだ。あなたが常に自らの損益ばかり考えているからこそ、世の中は殺伐とした風景として生み出しているだけのことだよ。