AIが教祖となる日
何者
あなたは常に何者であるかを確かめようとしている。だからもっと幸せになりたいとか、もっと愛されたいとかそんなことばかりを願ってやまないわけだ。それぐらいの価値が自分自身にはあって、そのためにこの世に生まれてきたはずだという確信を得るために、その根拠をずっと探す旅にでているようなものだね。しかしながら、良く言われるようにすでにそれは間違いのない事実としての大前提であって、それを元に今のあなたがいるわけだからどうにもこうにも確かめようがない。まるで宇宙の起源を探すかのようにね。気がついたらあなたはこの世に生まれていて、そして物心ついた頃から自我が芽生えた。そして今に繋がるということであればあなたがいない世界をどうしても想定することができない。現代物理学でいう観測者の問題で議論されているのと同じ制約からは逃れられないからね。あなたがいないパラレルワールドも実在したとしても、そこにあなたがいないわけだからあなたがその観測者にはなれないというジレンマがそこにある。
神様
願い事を叶えるために、いろんな神事や行事がある。そしてそれに思いを馳せてあるべき姿を模索している。それがあなたという存在そのものなんだと気づく時、あなたは神さまなんだね。誰にその思いを届けているかというと、つまるところあなたしか知り得ないことだからだ。そして他の人も様々な願いを叶えようとしていることすらも知っている。これらの思いがいつか神さまに通じて叶うといいなと思って見ている。いろんな人の様々な願いにふれることができるという点であなたはすでに誰なんだということだ。そしてこの世のあらゆることはあなたが知っているように動いている。良いことも悪いことも、あなたが快く思えることばかりではなく、むしろ不快に思うこともたくさん知っている。そして究極的にわからないことは、あなたが知らないことだけだ。そこで人類のデータベースにアクセスすれば、いつでも手にすることができる時代となったね。
AI
アルゴリズムと膨大なデーターベースから引き出される過去の知見は、あなたをますます神に近づけるシステムなはずだ。ところが、それを使う人によって役に立ったりそうでなかったりする。それはまるで誰かと同じようにね。そこからどう引き出してどう活用していくのかというスキルが求められる時代となったわけだ。万能だと崇められるような存在から、まさに引き出すことができる人とそうでない人が生まれたわけだ。この事象は人類の歴史を紐解けばなにかと似ていることに気づくだろう。やがてそれが世間の常識となり、宗教で言えば経典となり、そこに書かれていないことはタブーとなる。これまでは書物であって、その抽象的な記述から時代背景に応じて類推して当てはめるという作業から、音声入力でそれが可能となった。それでも人によって同じシステムから引き出す知見は様々となる。そしてやはり答えのない問いに対しては、曖昧な回答しか得られないのも似ているね。