冒険の仕方
小さな冒険
毎日同じことの繰り返しを重ねているそこのあなたに伝えたいことがある。それがつまらないと思う根本原因であるとね。もちろん、朝起きて顔を洗って身支度をするという一連のルーティンはそれほど変えられないだろう。顔なんて洗わなくても誰にも気づかれないだろうし、それをやっているのはあなたが良かれと思っているからに過ぎない。けれども人と関わる仕事に携わっているわけだからあなたなりの必須のルーティンだ。それを無理してやめたとしてもどうってことはない。同じことの繰り返しがあなたのルールだとすれば、それに従って律していることは本来の意味での自由でもある。いつでもやめられるし、いつでも変えられるからね。そんなレベルよりもっと高次にしてみると、同じようなことばかりであなたは生きていることに気づくだろう。そこで小さな冒険を取り入れることをおすすめするわけだ。
自由意志
自由意志はあるのかないのかという議論はさておいて、あなたの欲望のままあなたがそうしたほうがいいと思っていることを諦めてダラダラしたとしよう。それが自由だとか束縛からの解放だと感じたとしても、それほど満足ではないだろう。長期間の待ちに待った休日も、最初の数日ですぐに飽きて退屈になるのと同じだ。あれだけ束縛された毎日に嫌気がさして、自由になりたいと願っていたにもかかわらず、実際にそうなったら途端につまらなくなる。まるで悲劇だね。そこで自由はあるのかないのかという議論が古からずっと続いていて結局のところ言葉遊びのような状態が今も続いているわけだ。自由をどう捉えるかというテクニカルな言語学や方法論や論理性だけが独り歩きしてしまっているからね。そう、自由なんていうのも根本的に概念であって実態はないものだから、どれだけ議論を重ねたところでその前提条件が定まらないからそうなってしまうのは仕方がないことだね。
愉快な日々
だからそれを逆手にとってみればいい。日常のルーティンに茶々を入れてみればいい。とんでもなく大変になるかもしれないけれども、それもわざわざ自らが仕掛けたわけだから誰のせいにもできないね。そしてそれをなんとか乗り越えてほっと一息をつくとき、あなたはあることに気がつくはずだ。そう、そのルーティンはそもそも初めからは存在しなかったということ。そしてそれは徐々に洗練されて今にあるということだ。そしてそこで思考停止をしてさらなる高みを目指すことはやめてしまったということだね。そうなると、すべてのあなたのいつもの行動は、総チェックして棚卸しされるようになるだろう。これはどうしてこうしているのか、これをしなければどうなるのか、そんなふうにいつもの繰り返しを改めて見つめ直すとき、あなたはいつの間にかそれに夢中になっているだろう。そう、繰り返しそのものが悪いわけではなく、無意識に繰り返していることを改めて見つめ直すことで実は大いなる冒険への第一歩となるわけだね。