満点パパ

日々

思い出話

あなたにとっての武勇伝というか、多く語る思い出話の一つや二つあるだろう。まぁ、ほとんど実りの少ない人生においての会心の一撃といえるようなものだから、それをつまみに酒飲み話としては適切だと感じているわけだ。さらにその話をするときは、不機嫌なときではなく、むしろご機嫌なときが多いだろうから、それ自体は悪いとかではない。しかしながらそれにこだわりすぎてしまうと本末転倒になるから注意したほうがいい。思い出話は他人にとってはあなたが見た夢の話に近いわけだから、ぶっちゃけるとどうでもいい話だ。だから、一度ぐらいなら相槌もうてるだろうけれども、同じ話が二度三度となると正直うんざりしているだろう。あなたにとっては特別なことは、他人からすればそうではないのだからね。だから、そんないい話は誰かに語る酒飲み話のネタにしないで、あなたの心のお守りとして取っておいたほうがいいわけだ。自慢するのは誰かにではなく、あなた自身に対するエールで十分なのだからね。

内輪ネタ

どうしても会社や組織の同僚といっしょにそうやって思い出話に浸る機会が増えてしまう傾向にある。それは永らくコミュニケーションの一つとしてチームが一致団結するための共感を醸成するものだと信じられてきたわけだ。もちろんある程度ならそれも効果がないとは言えない。けれどもその後半がよくないね。おそらく大抵の場合は、そこから誰かの愚痴になったり不平不満の発表会になってしまうことが多いからだ。そこまでいくと弊害のほうが大きくなってせっかくのいい話が台無しになってしまうね。なのであまりに長時間に渡るコミュニケーションは避けたほうがいいってわけだ。ちょっと物足りないというぐらいがちょうどいい。そこからわかることは、すべてにおいて100点満点はあえて避けたほうがバランスとしてちょうどいいということだ。すなわち理想のなにかに完全に一致させるよりも、やや不満足ぐらいが実はベストバランスだということを示唆している。80点ぐらいがちょうどよく60点ぐらいでも十分だとすれば、完璧主義なあなたにとっては不満かもしれない。けれども完璧は明らかに目指すべき目的地ではない。

バランス

おおよそ半分ぐらいできたら十分だということをまずは受け入れることが大切なんだけれども、それがどうしても受け入れがたいのはあなたが評価だけをプライドとして受け入れてきたためだ。色んな人に褒められることが目的になっているから、客観視してやりすぎはやらないよりまだ悪いというメタ認知ができないままでいる。学校のテストでは満点だと無敵になるのは、それ以上のものさしがないからだ。だから完璧かと言うと、それは満点の本人がすでにそうではないことを知っているね。すべてが網羅された完璧なんて存在し得ないわけで、限られた範囲においてたまたまそこだけにおいて満点だったという、実は大いなる評価のほんの一部なわけだからね。そこで今あなたはより良くしようと改善したり努力したりしているだろうけれども、その試みが行き過ぎると、まさに過ぎたるは及ばざるが如しとなるのは必至だ。そういうメタ認知を取り戻すためにも、一旦満点主義からは距離をおいて見たほうがいいよ。