イレギュラー対応力

日々

信じる

わからないけれども、まるで見てきたように語ることを信じるという。あなたは数分先に何が起こるかということさえ、確実に当てることすらできないからだね。ましてや来年はどう過ごしているとか、来週の天気ですら、天気予報を頼りにするぐらいしかない。そしてそれはおおよそは当たることがあるけれども、確実にそれらが起こるとは限らないことも知っている。ああ、ちょっと予想とずれてしまったな、なんて思いつつも概ねその予定であったから、まずまずの確率で満足していることが多いだろう。雨が振るということでさえ、少しズレてしまったけれども週末は大丈夫そうだとか、そんなふうに思っている。あなたはまだ見ぬことをに対してはある程度の予測を立てて、それが万が一違ったとしてもなんとかなるという方策をも準備している。これほど予測とそれに対する信頼をおいている生物はおそらくいないだろうね。

感じる

それらはあなたの情報として目にしたものばかりだけでなく、それをどう読み取るかという感性の問題でもある。それぐらい見通しが悪いという状況においても、なんの根拠もないけれども、なんとなくの感覚によって予測するわけだ。それは他人と比べてどうだとか、これまでのデータ分析においてどうだとか、そういう部分も無きにしもあらずだけれども、ほとんどが直感だろう。とにかく未来予想という不確実性の中で、あなたはいつも平気な顔をしてある程度の対策を立てることができる。そしてそれはどうしてそうするのか、と問われたところで、答えが明確であるわけではないことが多いだろう。これまでもこれからもそうやってあなたは見えない世界を想定することに対して、それほどの抵抗もなく、そしてそれが万が一そうでなかったとしても、それすら予測の範囲内である場合が多い。ほら、やっぱりそうだったな、と言って特に動じることもなく複数プランの中の一つを粛々とこなすぐらいのスキルは備わっている。

段取り

そうやって、あなたは一つだけの想定に留まらず、複数のプランを無意識的にいつも準備しているわけだ。それを従来では段取りとか事前準備と呼ぶわけだね。もちろんなにか計画に対してそれを遂行するだけのプランを立てることもある。けれどもそれを遂行するために必要な条件を整理する段階で、万が一そうでなかった場合が必ずそこに含まれているわけだ。だから特にバックアッププランを意識することもなく、想定できるイレギュラーには特に動じない。けれどもその範疇を超えた、本当の意味での想定外が起こったとしたら、あなたはもちろん対応することが困難になる。そこで発揮されるのが、これまでの経験だね。その経験によって、おそらくは似通った現象を探し出し、それを即座にアレンジしてその場で適用できる方法へと昇華して実行するわけだ。その瞬発力は似通った事象をたくさん経験しているかどうかで決まるわけだ。その引き出しの多さがまさに本領を発揮するのだけれども、それは事前準備とか段取りとかでは対応することはできない。まさにどれだけこれまで手を動かしてきたかということに尽きるわけだ。逆に言えば常に行動してあれこれと困難に直面している人ほど、その対処がスムーズだということだね、