内なる発見

日々

傾向と対策

なんらかの問題解決に向けて、まずは現状分析とその傾向を掴み、その上でその対策をいくつか考えるわけだ。その順序というかその仕組みをガン無視して突拍子もないアイデアを生み出したとしても、それはほとんどが使えないだろう。なぜなら単に根拠なく思いついたアイデアは、それ自体が宙ぶらりんであり、それをいくら思いついたとしても実際に適用するにはかなり無理があるというか、困難だからだね。なので少しでも手がかりとしての設置点がないとどうしようもないことが起こる。例えば毎日の効率化を図ろうとしても、それに紐づくなにかがなければたとえ実行したとしても、余計なタスクが一つ増えるだけというオチになるわけだからね。もちろん効率化だけが最適解ではないことがある。けれども、実際のルーティンとの乖離があまりにも大きすぎるとタスクは何も変化しないだろう。

点と点

しかしながら、それはときに思わぬ相乗効果を発揮することもあるから、完全に否定するには及ばないわけだ。なんとなくそう思ったからやってみた、ということも大きな視点で見れば変化となり、なんらかの影響を与えることもある。そしてたいていのイノベーションが起こるときは、誰もが想像もしなかったことが元になることも知っている。だから、結局のところ試してみての判断となるわけだ。突拍子もないと誰もが思うところから、そんな革命的な変化が起こる理由はどこにあるかということを考えてみると、要するにこれまでの視座が大きく変更されるという点にある。いわゆる常識という範疇でいくら改善案を組み立ててみても、結局のところ堂々巡りとなりがちだね。その前提条件がかなり固定化されてしまって、その範疇の工夫や改善ポイントは似たりよったりとなってしまうからだね。そこで新しい扉を開く前に、まぁ、こんなものだろうという帰結で納得してしまうわけだ。

限界

そういう意味では限界というか、これ以上は無理だという壁はあなたが決めているということだ。それを突破するためにはあなた自信の固定観念を破壊しなければならない。そうでもしないと、次の一手というか新しい扉を開けることはできないからだね。かといって、突拍子もない、一見無関係のアイデアを実行したとしてもほとんどはしっくりこない。そう判断するのはあなただからだね。結果としてなにか新しいものさしがあれば、それを採用することで現状分析の部分で変化するだろうけれども、まずはそれを見つけるために試行錯誤しているとすれば、その一瞬は価値基準を失うことになる。そのときの判断はつきようもなく、なにがどうなのかもまったく不安定になるね。それを避けるためにこれまでやってきた習慣が捨てられないわけだ。だから、何かを大幅に変えるときは、結局のところ全く関係のないなにかがいつも必要なんだ。同じ仲間であれこれと思案したとしても、抜本的な改善策が生まれないのもそのせいなんだよ。