発見

日々

固執

そうでなければ幸せにはなれない、と思っていることがあるだろう。それはあなたにとっては理想であり夢の実現でもある。それは素敵なことだと一般的には言われている。けれどもどれだけ努力しようとしてもなかなか掴めそうで掴めないままだね。もしかしたらそれは幻想であって、単なる思い込みに過ぎないものだとしたらどうするだろう。さっさと手放して次へと舵を切ることができるだろうか。そこに実は人生の本質がすべて詰まっているわけだ。単なる勘違いだったり、思い込みと知ればそれもすぐにできるかもしれない。けれどもそこに納得できなければそうではないだろう。すなわち人生とは姿勢というか態度そのものであると言っていい。うまくいかないとき、ああもう無理だと投げやりになるのか、だったらどうするとさらに追求するのか、大きく言えばそのどちらか、もしくは中庸を取るか、という選択の連続だね。そしてそれはときに、その選択肢すらも間違っている場合もあるから注意しなければならない。

柔軟性

そんなとき、なんて遠回りの人生だと悔しい気持ちになることもあるだろう。そして仮にもう無理だと諦めたときに広がる風景に物足りなさを感じる。そうだからまたわざわざ新たな試練を見つけては、これだと思って本ルートから外れてしまうことを繰り返す。もちろん合理的に考えればそんな無駄なこだわりを捨てて、特になにもせずただシンプルになんてことのない毎日を繰り返しでいいわけだ。どうせ遠回りをしたとしても、また元の道にもどされるだろうということに気づいたのだからね。でも頭でそう理解したとしても、あなたの好奇心は抑えられず、やっぱりわくわくする道へと進んでしまうに違いないね。そうやって寄り道を何度もして、迷子になって、ようやく辿り着く本来のルートでホッとするという行為をこれまでも何度も繰り返してきた。そしてあなたはそれらの幾度となく同じ体験を通じて、寄り道や回り道そのものが人生の本ルートではないか、とようやく知ることになるわけだ。

安心

それを知ると、あなたが何をするにも遠回りを楽しむことができるようになるね。こだわり抜いて諦めて手放して、また新たな遠回りを探している。そしてそれがないと幸せにはなれないと信じて突き進むわけだけれども、結局のところそれが実現したとしても幸せにはなれないと気づく。これを何度も繰り返しているうちにこの旅の終焉に近づいていくわけだ。まっすぐに進めばなんてことのない人生だからこそ、その安心の裏側に冒険がある。だからこれまでも、おそらくこれからもどうにかなることは確証されているわけだ。寄り道しても回り道にそれたとしても同じところに必ずつながっているとすれば、もはや幸せや夢の前提条件すら必要なくなってしまう。それがどうにでもなるし、真面目でなくてもいいし、何もやらなくてもいいという絶大な安心がそこに広がっているという意味だ。さて、次は何を楽しみにまた茨の道へ進んでいきますかね。