お守り

日々

伝えない

伝えたい情報は、いつも伝わらないままだね。世の中でバズっている情報とは、実はどうでもいいことばかりだと気づく。どこの誰かがわからない人のネガティブ情報はあっという間に拡散される一方で、重要なお知らせと題したものは、せいぜい少しぐらいの反応で終わってしまう。これは何を意味しているのかというと、伝えたいという強い意思をほとんどの人は本能的に避ける傾向にあるということだ。そんなことよりも、誰かと誰かが不倫しただの、浮気しただの、破産しただのという情報が世間を駆け巡るということが、情報化社会においては健在化していることばかりだね。ニーチェのルサンチマンがそれを加速しているのだろうけれども、人は与えられるものには反応は薄く、どちらかというと求めているときに届くということでもある。だからほとんどの真面目なマーケティングは失敗してしまうわけだ。だからこそ単なる宣伝に恐怖を追加することでなんとか伝えているというのが現状なんだ。

要不要

すなわち学ぶことであったり、情報収集であったり、人が反応するきっかけは与えるのではなく、求めさせるということがポイントとなるわけだ。どれだけいい商品やサービスをアピールしたところで、反応が薄いのはそのせいでもある。そうではなく、まずは求めさせるための恐れの感情を扇動することでようやくマーケティングが成立する。だから気がつけばほとんどの購買意欲はどうでもいいものばかりになっているね。はっきり言えば不要なものを必要なものだと勘違いさせることができるかどうかで、売上が決定される仕組みだ。まだそれをお使いですか、とか、今ならまだ間に合いますとか、いかにもあなただけが取り残されていますよ、という文言を散りばめることでようやく少しの反応が得られるという状況にある。それも飽和状態に近くなって、どんどんとその効果も薄れつつあるのが、現代の情報化社会が映し出す市場そのものだとも言っていいね。

欲望

幸せになりたいという欲望を駆り立てるために、今はどれほど不幸せであり、不便で、不幸だということを感じさせるにはどうするかということを優秀な人達が思案している。これだけスマホを普及させたのも、まだこんなにも便利な機器をお使いではないですか、と煽り立て、その用途もさらに不安を加速させて依存させる作戦の一部だ。大人も子どももそれがないともはや生きていけないような仕掛けをどんどんと各社こぞって詰め込んでいるわけだね。衆知をそこに結集させることで仲間外れ、時代遅れ、情報弱者という不幸を生み出したのだからね。その怖さからやむを得ず持たざるを得ないと思い込ませることに成功した次の手は、その端末上にどうでもいい嫉妬心を煽るための情報を四六時中垂れ流すことによって、夢中にさせることだ。はてさてあなたはその誰かの術中に陥ってはないいないだろうか。いっそのこと部屋に置き去りにしてみるとその度合がわかるだろう。これまでは肌身離さず持っていたお守りはもうどこにしまったかも忘れているだろう。