あの日あのとき
おかげさま
生きている中で、すべてはおかげさまということに出くわすね。もうほとんどすべてはおかげさまという現象でしかない。なのにあなたはあなた一人で生きているつもりでいるわけだ。あなたがやりたいようにやって、それらの結果がこの世にあると思いこんでいるからだ。でも冷静に状況分析できるのであれば、ほとんどすべては奇跡であり、あらゆる物事は複雑な関連性において成り立っているね。そうだからこそ、もしあのとき違う選択をしていればどうなったか、なんてことを妄想できるわけだ。しかしながらすべては必然的にそうなっているわけで、過去を振り返ってみても現状が好転するとか変化することはない。あのとき違う選択をしていれば、なんて言うのは、逆に言えばそうでなかったから今があるわけだ。それについて後悔したところで今は変わらない。今ここはすべての集大成であり、選択肢があるようでそうなることが確定していた結果だとも言えるからね。
反省
そうは言っても、やっぱり反省することも多々あるだろう。もしあのときにあなたの判断が違うものであれば、今ここも違うと信じている。でもそれは今がそうだからわかることだね。逆に違う判断をしたとしても、今はそうではなく、全く違う状況になっていただろう。しかもそれはなってみないとわからない不具合もそこに含まれているかもしれない。別の意味であのときそうだったという後悔を同じようにしているとも言えるね。だから選択肢があるなんていうのはまやかしでしかない。だから過去を何度も振り返ってみても、何かが変わることはないわけだ。しかしながら、あなたは可能性を信じているがあまりに、過去にもそれを同じように適用してしようとしてしまいがちだ。もしその後悔を昇華させる方法はただ一つで、今あなたが何を選ぶのかということだけだね。そうやって後悔は今の連続であり、それをなんとかしようとしたところで、今あなたが刻々と変化し続けているなにかですべては決まるわけだ。
問題
何をどう問題と見るかによって、あなたの現状は大きく変化する。だからそれを問題だと思える今があるということは、それが必然だったということでもある。だから後悔なんて全くもってしなくもいいことであり、そんなことよりも今あなたがそれでも楽しいかどうかに尽きるわけだ。もちろんそうではないところばかりなのかもしれないけれども、逆に言えばそれはあなたにそう思わせるように随分も前から仕込まれている罠のようなものだね。あなたがもう二度とゴメンだということがあるのならば、今からそれに対してどうするかしか考えることはできない。さらに言えばもう二度とゴメンだということをまさに感じるための伏線が過去であるわけだ。だから、あまりそのことばかりにフォーカスするのも得策ではないことにも気づくだろう。過去は過去であり、今ではない。さらに今あなたがそう思わさせれているのならば、それが必要だったからだ。そんなことよりもそれを踏まえたうえで今を大切にしておけば、たとえ後悔したとしても、なるほど、だからそうなっていたんだろうと笑って受けれられるようになるよ。
