ダイナミズム

日々

行動

なにはともあれ、逡巡するよりもやってみることが一番大切だね。何事も経験してみないと、見聞きしただけではわからないことばかりだ。無駄を省く生き方だと、誰かの体験を知ってそれを避けようとしてしまう。どうせ失敗するのだからわざわざ同じ轍を踏まないことが賢明だと思っているからだ。ところが、一度その罠にかかってしまうと、成功する方法ばかりにフォーカスしてしまうわけだ。それこそが幸せであり、それ以外は不幸の種だという世界観にとらわれてしまう。そうなるとおそらくは成功する手順ばかりに目がいって、それ以外は取るに足りないことになってしまう。その結果、無駄なことはしない、なんていう行動方針となり、ほとんど何もできない状況に陥ってしまう。成功こそが人生の目的だとすれば、それ以外は徹底的に避けるようにしてしまうから、ある意味必然でもあるね。あなたは知識だけが膨らんでしまい、実のところやってみたことはごく僅かな人生を送る羽目になっていく。

リスク

リスクは避けなければならない、と思っていることが多いけれども、リスクは不確実性を意味している言葉だね。だからマイナス要因として語られるそれは、プラスになることもあるという意味を含んでいる。上振れすることも下振れすることもあるということなのに、なぜかリスクは避けるべきとして一括りにしてしまっている。だから行動も制限されてしまいがちになっている。しかし、やってみて大失敗するかもしれない反面、大成功とまでは言えないまでもその過程において、宝石の原石を体感できることも当然あるわけだ。未知の領域に踏み出すときには、マイナスな要因だけでなく必ずプラスの要因もある。ワクワクする気持ちはどちらかといえばそのプラスの要因に期待を寄せている状態だね。やってみないとわからない、というのはそういうことであり、どうせ無理と諦めてしまうのは、何もわからないうちにきっとマイナスしかないと決めつけてしまうクセによって生じているわけだ。

最期

究極どうせ死ぬのならば、あえてあなたはどう行動するのか。それが結局のところ生きるということである。すなわち死を友達として、どんなアクションを選択するかということが本質だね。嫌なことや苦難を避けて、その過程のおいて唯一無二の体験を捨てるのか、とにかくそれをも甘受しつつその過程における経験を重視するのか、もちろん極端な二択でなくてもそのちょうどいいところを試みてみるのか、それを決定するのは、あなたの人生における姿勢と言ってもいいね。多少の困難も承知の上で、それでもやってみたいことがあって、それはおそらく直接的に儲かったり成功したりしないことがわかりつつもチャレンジするか否か。教育とはおそらくはそれを後世に伝承していく試みと言っていいだろう。あなたがワクワクしていたら、それに感化されていく仲間が増えるし、どうせ無駄だと諦めているのならば、そういう仲間で群れることになるだろう。さて、あなたは今どんな気持ちかな。