ずっとそうだったんだよ

日々

節目

なにはともあれ、今年ももう終わりとなる日がやってきた。もちろんその区切り自体になにか特別な意味があるわけではなく、その意味を与えるのはいつもあなただね。今日という日が終わる瞬間は、いつでもそうであって、それが特別に感じられるかどうかは、あなたがそう思うかどうかに委ねられているからだ。いつもと同じ夜を迎えて、いつもと同じ朝がやってくるだけなんだけれども、それをどう感じるかでそれが特別なのかいつものことなのかが決まるだけのことだ。でもおそらくは、1年の終わりという感想によって来年こそはと願うこともまた一興だね。それで振り返って今年はどうだったのか、どう感じたのか、という総括をすることで、新たな門出を迎えるにあたっての次の作戦を考えるのも悪くはないことだ。とにかく慌ただしく過ごしてきたことによって、それほどの変化はないにせよ、一つの時代の区切りと、数値的な2026年という新たな年号が刻まれるわけだ。さて、あなたにとっての2025年はどうだっただろう。いつものごとくあっという間に1年が過ぎてしまったわけだけれども、なにかあなたにとっての進化というか変化はあっただろうか。

無事

とにかく色々あったけれども、こうして無事に大晦日を迎えることができて、あれこれと思い返す事ができていること自体が幸せであったという何よりの証しだと感じているね。そう、無事に過ごせたことに関しては感謝しかないだろう。もちろん順風満帆にすべてが流れていったわけではなく、いつも思うことだろうけれどもまさに七転八倒しつつも、なんとかこの日を迎えることができたわけだ。そしてやがてはそんな日をいつかは迎えることすらできなくなることを知っているだろう。けれども、今のところはその心配で押しつぶされそうな状況ではなないということにまずは感謝だね。そして、来年はどうなるのかなんて思える幸せが今ここにある。ならば次こそはもっと充実した過ごし方ができればよりベターだと思うわけだ。けれども、それもこれもいつもと同じだといえばそうなる。これまでもこれからもどうぞよろしくお願いしますなんていう言葉を言える限りにおいては、特に大きな変化はないということでもあるね。なら今年もそれほど代わり映えのない年になるかもしれない。けれどもその代わり映えのないことが素敵だと知る時、あなたは幸せの絶頂にいるのだと知る瞬間でもあるね。

繰り返す

そうやって毎日が一つの単位となって、これからもおそらくはずっと繰り返していくのかもしれない。しかしながらそれがどこまで続くのかは誰も知る由はない。いろんなことが起こるのは想定外であり、突然それが叶わぬ夢となることがほとんどだろう。だからこそ、この日、この瞬間をいかに当たり前ではなく大切な日々なのかという自覚が求められるわけだ。普段はそんなことすら考える余裕すらないし、年末年始ぐらいでしかそれをじっくりと感じることすらできないだろう。そういう意味ではやっぱり特別な瞬間であり、それが唯一ゆるされた時間軸でもある。だから、その特別な時間をできれば有意義に過ごしたいと多くの人が思うのは自然のことだね。そして街全体の雰囲気でも、いつもとは違うように感じるわけだ。多くの人がそう思っているこの時間をあなたは愛しく思えるのならば、それはそれで当たり前ではない時間を共有していることになる。そして実はこれからもそうであるし、実は特別なことではないこともなんとなく知っているね。そう、この思いがずっと続くのならばあなたは素敵な時間をさらに増やすことができることを今気づいているわけだよ。良い年を過ごせるといいね。