目標なんていらない

日々

富者

富めるものはそれすらも必要としない。すなわち、なにかを得る足し算では本来の意味での富者にはなれないわけだね。これまでもこれからもおそらくあなたはそれを気付かされる旅となるわけだ。もうすでに足し算では何ら幸せには到達しないことを知っているだろう。かといって、何も持たないことの勇気がなくて、ついつい新しい何かを求めてしまうクセはずっとそのままでいるね。そして何かを無理して得たときに、やっぱりそれではなかったと気づくことの繰り返しになるわけだ。すでにあなたは十分過ぎるほどの条件や富を持っている。だから、なにかやりすぎたことのしっぺ返しにいつも苦しまされているわけだ。余計な一言で、その収拾に手を焼いたり、不必要なものを手にしたことで、それらを管理するのに四苦八苦したり、今いらない何かをしまっておくための不動産コストをずっと支払い続ける羽目になっている。あなたが稀にすっきりとした気分になれる瞬間は、何も得ていないときだけだと気づいている。それなのに、ちょっと油断をすれば、新しいなにかに心を奪われて、まさに心ここにあらずという悩みを抱えてしまっているわけだ。

充足

足りない何かを埋めることでは、どれだけそれをやったとしても幸せには程遠いわけだ。けれども、それを知っているにも関わらず、なぜかその活動だけは止めることができないままだね。そしてそれを求めているあなたは、なぜかその後の結果を冷静には分析できずに繰り返してしまうわけだ。そして得たものと引き換えに失うものが同じだけあるわけだけれども、何かを得るためにはあなたは大きな犠牲を払ってしまっている。足し算で豊かになるというネジ曲がった世界観があなたをどんどん不幸にし続けてしまっている。薄々はそうなんじゃないかと思いつつも、なぜか強力に欲望が刺激されて、また必要のないものばかりをコレクションしているような状態だ。なら、どうしてそうなるのか、ということについてちょっと日常から離れて分析してみる機会を持つように心がけてみるのもいいかもしれない。特に今年こそとか、次こそは幸せになろうという気分が、実はあまり良くない方向へ導いているという事実に目を背けないでいられるかどうかを試されることになる。果たしてあなたの目標は幸せに向かっているそれなのかどうかを今一度考え直したほうがいい。さらにいえば、目標など幸せに生きるためにはもしかすると不要なものなのかもしれないね。

捨象

もう肥大化した間違った欲望に振り回されることなく、本当の意味での充実した暮らしをするためには、一旦すべてを捨てるほうが近道かもしれない。食べすぎたり飲みすぎたりした次の日は気分が落ち込んだり、夢中になって頑張りすぎた次の日は動けなかったりする。これこそがプラスマイナスゼロだということを意味しているわけだ。すなわち過度な充足はそれを埋め合わせる不足が生じるわけであり、急ぎすぎる欲望はその後空虚となってしまう。それらを足し合わせて平均すればいつも通りか、それ以下になることばかりだ。そのような振れ幅は実は必要などないどころか、かえって弊害のほうが大きいわけだ。そうではなく、今そのままで十分であり、これからもそれほどなにかを得ることがなくても大丈夫だという落ち着いた心が、実は一番大切にしなければならないことだ。ワクワクやドキドキも時には刺激的な人生を彩るけれども、それをずっと求めるには大いなる犠牲を伴ってしまうわけだ。だからこそ、なんてことのない、何も足すどころかそのままマイナスの状態のほうが、実は本来のあなたに戻ることができるきっかけとなる。年始の今こそそれを見つける時間にするといいかもしれないね。