モヤが晴れた向こうには
モヤ
モヤがぱっと晴れるときがあるね。なんだかよくわからない状況が続いていたのに、なぜか急にぱっと見通しが良くなったりするときだ。なんだ、その全体像がわかれば、なんてことのない結論が簡単に見つかったりする。だからあなたの眼の前に立ちはだかるモヤを取り除けばずっとクリアなままの世界がそこにあったことに気づくわけだね。地上では風が吹き雲が覆い尽くされた状態だったんだけれども、飛行機とかに乗ってぐんぐん上昇すれば、変わらない青空に包まれているような感じだといえばわかりやすいかもしれない。そのときあなたはやっぱりそうだっだんだと納得していたりする。あなたを惑わせていたことの正体がわかれば、心も晴れやかになるわけだ。眼の前に繰り広げられている視界がこの世の終わりのように感じていただけのことで、実はそれはいっときのことでしかなかったんだと、なんだか安堵に包まれてやっぱり幸せの中にいたんだと確信する瞬間でもあるね。
視点
そうやって今見えていることだけで、すべてが決まっているかのように思ってしまうわけだけれども、実はその向こう側はずっと変わらずあなたを包みこんでいる。だからその視界によって憂鬱な気分になっていただけであって、実はそれは真実の世界ではないということだ。だから今目の前に見えていることばかりに心を奪われてしまっては、その本質を見通すことができなくなっている。そしてそれは絶対的な真実ではなく、見かけ上の視界不良であって、その暗雲を超えた先には、あなたをしっかりと穏やかに照らし続けているいつもの空がそこにあるわけだ。ちょっとしたトラブルがあったり、見通しがよくわからない視界不良な雲のせいで、その向こう側はまるでないように思い込んでいるだけで、あなたはいつも照らされていることは変わらない。だからそれだけで何かを悔やんだり悩んだりするなんていうこと自体が、実は本質ではなくいっときの状況でしかない。それにいつも振り回されているから、本当のことがわからなくなっているだけのことだ。それこそイレギュラーであり、幸せではないなんて嘆く必要などないわけだね。
不安
そうとはわかっていても、眼の前の現象に引きずられてしまうのはある意味仕方がないことだとも言える。でもそれは永遠ではなくその向こう側にはずっと変わらぬ穏やかな光がずっとあるわけだ。だからそんなことにすべてを引きずられてしまうのは得策ではない。それを知っているだけであなたは強くなれるはずだ。もっと本質的なことを知れば、強くなるという本来の意味は眼の前の些末なことに騙されないということでもある。それをついつい忘れてしまって右往左往してしまうことが多いのだけれども、それは世界の姿ではないということだ。雨が降っていても、風が吹いていても、それらはそれが向こう側に照らしている太陽の光があるからこその一時的な現象であり、それは決して結末ではない。言われてみてはそうだと思い出すわけだけれども、いつもはそういう考えまでには至らないクセがあるね。だからたまには一見苦悩や辛さを感じたときに、これはそれ以上の幸せがあるからこそのそれだと看破できれば恐れることは何もなくなるわけだよ。
