選択肢が変わるとき
迷い
やるかやらないかを迷ったとき、やれるのならばやるの一択だね。もちろんそれをやらないという選択肢は残されたままだ。けれども、やれるのであればやる、というシンプルな決断をするだけで人生は大きく変わっていくだろう。なぜならやらない選択肢は選択しているとは言い難いわけで、やれるのにやらないのは、何もしないのと同じだからだ。もちろんそれをやるにはどうにもこうにも踏まなければならないステップが多すぎて、やると決めたとしても随分とコストと時間がかかるのならば仕方がない。しかしながら、それでもやると決めて取り掛かってみたら良いね。なぜなら、それをやろうとしたときに初めてそれだけの困難さがわかる場合が多いからだ。やろうとしたけれどもやれなかったという結果と、やれるかどうかもわからないままやらなかったでは、大きく違うわけだからね。見通しが甘くてやれると思ってやってみたけれども、それは全くもって準備不足だったということを恥じる風潮があるけれども、それはあくまでも結果だ。そうではなくやろうとして進めて見たところ、想定以上の難しさをそこで初めて体験したという知見があなたに備わるのだからね。
目論見
そうやって、やろうとした集大成が蓄積したとき、あなたには選択肢を適切に選ぶことができる知見を備えることができるわけだ。それすらもないとなると、やりたいことがあったとしてもそもそもそれをどうしたらいいのかという準備段階でコケることになる。そうするとやりたいことがすべて無理な夢物語となってしまって、結局のところやるという選択肢が徐々に排除されていくわけだ。やろうとしてわかることは大まかに二通りあるわけで、一つはやろうとしたら意外と簡単にできたことと、もう一つはやってみたらとんでもなく難しかったことだ。そしてその条件の境目がはじめはぼんやりとしていたことが、どんどんやれることとやれないことの境界線がはっきりとしてくる。さらには、その難しいこともステップを分解することができるようになり、今までは一筋縄で行かなかったようなことが、その段取り力によってできるようになってくるわけだ。だからやっぱりやるかやらないかという局面においてはとりあえずやる、という選択肢をどんどん採用することができるわけだから、あなたの体験も質が向上していくことになるね。
好循環
そうやって負の循環から好循環に変わることで、あなたのそもそものやれることの引き出しがどんどん増えていくわけだ。一方で冷静にやれないことだとか、無理だとか、行動に移さない機会が増えてしまうと、本当にそのとおりになっていくというジレンマがそこにあるわけだ。やれないことばかりだから、ほとんどがやるという選択をしないで生きていると、まさにそのとおりになっていく。もちろん突拍子もないことをやるとかやらないという議論の遡上に上げることばかりだと、結果どうしようもないという結論ばかりになってしまうわけだ。けれども、やれることの体験を積み重ねることで、まさにどうやればやれるのかという知見によってだんだんやるかやらないかという選択肢すらなくなっていくことに気がつくだろう。すなわち、やれるからこそそう思うのであって、やれないことははじめから選択肢の候補には登らなくなるわけだ。そうするとどうなるのかというと、やれることばかりを思いつくようになっていく。そうなるといつも重い腰ばかりで、やろうと思っているだけのあなたが大きく変化していくのは、言うまでもないね。
