わくわくの仕組み

日々

生きているだけ

なんの役にも立たないことをして、日々楽しんでいるだけで十分なんだ。そう言われることが多いけれども、真面目で実直なあなたは、それでも誰かの、何かの支えになれるような生き方ができればもっと幸せだろうと思っている。まさにそれはそうだろう。けれども、実はあなたが気が付かないだけで、今ここにあなたがいるだけですでに選ばれし人であることは、間違いないわけだ。なぜなら、こうしてそんなちっぽけな悩みを抱えて、いつも試行錯誤することができる機会が与えられているからだね。なにか人よりもずば抜けて秀でている能力など必要はないと言われたところで、やっぱり少しはなにかあったほうが自信をもつことができるし、そうなったときの方があなたは自己肯定感が増えるからだ。でもその真実は、そう思わせようとあなたに対してあらゆる手段で教育されてきた結果であり、実はあなたの本心とは無縁であるということに気が付かないように仕向けられてきた結果でしかない。

わくわく

なにかまだやったこともないような未知の領域を発見したとき、あなたはわくわくする気持ちを持てるだろうか。それとも、やったことがない不安で押しつぶされそうになってしまうだろうか。それを分けるのは、あなたの本性ではなく、あなたが信じさせられてきた教育に依拠する。失敗をしてはいけないと、常日頃から教え込まれてきて、それを多少なりとも受け入れるようになったあなたは、未知の事象に対しては慎重で臆病になる。それは本能的な生き残り戦略が発動しているのと同時に、失敗は悪だというこれまでの教えに従順だからでもある。もっと言えば、それは単なる生来の資質を超えたなにかであって、今更それを変更するのはおそらくは難しいだろう。けれども、知らないことに直面したときは、それを面白がってチャレンジできるのは、実はあなた自身をもう一人のあなたが冷静沈着に分析、理解しているかどうかで対処方法が二分する。すなわち、なんとなくそれをやってみる段取りが見えるかどうかという一点で決まるわけだ。

苦痛を感じるとき

一方で、あなたのちっぽけな世界だけで十分だと思うと、未知なことはすべて厄介事でしかない。だからそれをできるだけ遠ざけようとするわけだ。それだと、せっかくの未知の新しい出会いを忌み嫌うようになり、それを既知の問題へと変えるか、それともないものとして無視するか、の二択となる。おそらくは既知の問題へと変える力が残っているのならば、楽しむまではいかなくてもやり過ごすことができるだろう。ほとんどの人はそのためのスキルを磨いてきただろうから、それで凌ぐことが多いだろうね。でもどうにもこうにもわからない問題に関しては、あなたはそれを遠ざけるための合理的な理由を即座に生み出すことに専念するだろう。いずれにせよ、未知の問題に対する対応力をどの方向で磨くかによって、あなたの知見は大きく変わる。やってみたことがないことを面白がってチャレンジするか、そんなのあなたには必要ない無駄なことだと一蹴するのか、さてあなたはどちらのタイプだろうか。