安定安心

日々

弱さという武器

なんでもかんでも強くあれとよく言われるね。子どもから大人に成長するということは様々な経験を積み重ねることで、多様な状況下においてもその対応策を構築できる強さみたいなものを持つことだとされている。だからあなたはそうならなければならないと必死にあらゆる困難を乗り越えてきたわけだ。そのおかげで気がつけば少しばかり人の先頭に立つ地位を得た。しかしながら本当の強さは実はそうではないことにうすうす感じている。弱さというのは、逆に言えば誰にも勝つことすらできないという特権であり、その立場でいたほうがずっと守られ続けるが故に、実質最強だということをね。生まれたての赤ん坊は、一人で生きていくことすら困難な弱さを持っている。そのため、人からの援助を受けることは当然だという前提がそこにある。もちろんあえてそれを無視し続けようとすることもできる。けれども、それをしようとするだけであなたは良心の呵責に苛まれて耐えきれなくなるはずだ。実は強さや武装は強さのように見えて、じつはとても脆い状態であると言って良いね。

正解がない

予定調和で、すべてがおおよそ予測可能な社会に生きていると、なんらかの正解が見えるような気がするだろう。仕事は頑張らないより頑張る人が偉いとか、堅実で勤勉な人は人望が厚くなり偉いとか、人の痛みがわかる人ほど優しくなれるから癒やす力を備えていて偉いとか、そんな固定観念で社会はなんとなく維持されているわけだ。しかしそれは逆に言うとあなたが心底そう感じたわけではなく、なんとなく周りからの要請であったり、幼き頃に大人や先生にそう教わったからそうだという論拠しかなかったりする。すなわち、あなたが正しさとして信用しているそれは、実は真理でも事実でもないということだ。社会がそのほうがうまく回るような立ち振舞いであって、そうしたほうが矢面に立つことも少なく、穏便に回るという知恵の一つに過ぎない。もちろんわざわざ傍若無人に振る舞うのも不自然だ。けれども、あまりに人の顔色ばかりに気を取られていると、あなたの人生はそれだけに縛られてしまうね。だからなんとなくモヤモヤしたり、やきもきしたりする心のわだかまりが消えることはないわけだ。

安定

正解は一つのほうが安心する。どれもこれもが正解だとあなたは途端に心が乱れてしまうのは、安心という安定や拠り所を基準に行動しているからだね。だから自由になりたいと常に思っている割には、本当に自由になったら苦しくなるのはそのせいだ。あれほど休日を楽しみにしていたというのに、毎日が休日になった途端に居ても立っても居られなくなるのはどうしてだろうね。あなたはこれまでなにかに縛られてしか生きてこなかった。だからその縛りを解放された途端に、どうしていいかわからなくなってしまうからだ。そしてちっぽけな組織に所属して、その中での正解だを唯一無二の真実だと信じ込んでいるほうが安定するわけだ。そしてそこから脱出してもっと広い視野や世界を広げることすらも面倒になっている。そうして組織は統合され、どうにかこうにか維持運営されている。だからあなた自身の価値よりも、組織のほうが拠り所になっていくわけだ。所属コミュニティというのは、そういう個性を引き出すものではなく、それを運営維持にすべてを捧げることで安心というスタビライザーが駆動されているわけだね。