あの頃のまま
変化
あなたは実はずっと変化し続けているのが事実だ。ところがあなたの意識はずっと一定のままなことが多い。そこに乖離が生まれ、時折あっという間に時間が過ぎたと感じることになる。あなたの意識と現実的な肉体のズレがそれを起こしているわけだ。気がついたらあなたがわたしだと思っていた容姿も、ずっとそうだったと思っていた人間関係も、いつもと同じだと思っていたそれらとのギャップになんとも言えない哀愁を感じることになる。あなたが良いと思っていたことも、気がつけばベストソリューションではなくなり、あなたが悪いと思って避けていたことも、実はそうでもなかったりする。そしてそれに気がついたときにあなたの意識がそれに追いつけずにいるから、どうしたらいいのか混乱するわけだ。天才は早死するという伝説も、そういった意識と現実の変化のギャップにより敏感であり、すぐさまそれがどんどん加速していくことに気がついてしまうと、もはや絶望しかそこには残らないからだとも言われている。それほどまでに敏感ではないにせよ、気がついたらあっという間という感覚はそういった仕組みから生まれるものだね。
同一視
他の動物や生物は言葉を操ることがないから、本当のところはどうだかわからないけれども、おそらく共通項で分類して見たり理解したりする能力はあなたしか持っていないだろう。あなたは多数の人を見たところで、その他大勢として一括りに認識することができる特殊能力を持っている。それが故に、実は小さな変化をそもそも捨象する力があるわけだ。大まかに認識するには、ある一定の共通項がそこに見いだせないとできない技だね。同じ人だと思うためには、細かく見れば全く別物であるにも関わらず、ある特徴によって同類と看破する力がないと土台無理な話だからだ。一方で自然の中で生きる動物には、その能力が限定的なものでしかない。匂いであったり、ある大きな特徴であったりするわけだけれども、その判断基準は少ないことが多い。だから同じ仲間であってもミスリーディングしてしまうこともあるわけだ。けれどもあなたはそのミスは限りなく少なくなる。もちろん未知の生命に対してはそもそもその種類すらも知らないままだけれども、大まかな分類は虫だとか、植物だとか動物であるということはほとんど間違えないね。
大雑把
ある意味それはとても大雑把に見ることができるとも言えるね。だから平気で見知らぬ生物が行き交う街なかの雑踏を歩くことができるわけだ。どこの誰かとかそもそも人のような違う生物かもしれないような多数の同類と過ごすことができ、さらにはそういった生命に敬意と尊重を持つことすらできる。だからこそ、あなたは刻々と変化している自らをも捨象して気が付かないふりをし続けることができるわけだ。しかしながら現実は厳しいと感じるのは、あなたの意識はずっと幼き頃とそれほど変化していないにも関わらず、あなた自身の肉体と現実的な能力はどんどんと変化している。そういう意味ではあなたには時間がないとも言って良いだろう。あなたは時間を外側のなんだかよくわからないものとして捉え続けている。あなたの中のあなたはいつまでも幼き頃とほとんど変わらないからだ。それをたまに教えてくれるのがあなたの容姿だったり体調の変化だったりするわけだ。だからあなたの心の声ばかりで判断するのではなく、たまには身体の声に耳を傾けるようにしたほうがいいね。
