疲労の正体

日々

無気力

あなたがあまりやる気が起こらず、できればずっとダラダラしたいと思うのはそれが必要だからだ。だから、その事自体に苛まれて後ろめたい気持ちなんて持たなくてもいい。ボーッとするという時間は脳が情報を整理している時間であり、何もやる気が起こらないのは逆に言えば情報過多である場合が多いね。そのせいで、実は肉体的にはそれほど疲れてはいないのに、精神的なストレスで参ってしまっている状態だとも言える。だから、そこで無理をして何かをやらねばと奮起すると、あまり良くないことが連続してしまうわけだ。そうではなく、そういうときこそ単純作業に勤しんだり、身体を無意味に動かしてみたりするのが得策だ。あなたの疲労の根本は主に精神的なそれだとすれば、肉体的にはまだまだ余力がある状態だからだ。極端なオーバーロードをかけるような激しい運動ではなく、のんびり散歩したり、家の掃除をしたり、片付けてみたりするのが一番適している。肉体的なエネルギーを無心に費やすことで、精神的な疲労とのバランスが取れることでなんとなく整った感じとなるわけだからね。

やる気

そういう意味では仕事のような意味のあることから離れて、特に意味があるわけでもない日常の瑣末事を片付けることで、あなたのやる気が覚醒する体験があるだろう。食事を作ったり、気になるところを掃除したり、行ってみたかったところへ出かけてみたりするだけで、あなたの疲労は大きく改善するのは肉体と精神のバランスが調整されるからだ。それほどまでに現代社会は情報を処理することが主たる日常で、肉体的に疲労することは少なくなった人が多いだろう。もちろん、普段から肉体労働に従事している人は、それほどまでに精神的な陰鬱な気分にはなりにくいわけだ。汗水垂らして働くということは、その日の生きるエネルギーを上手に発散しているとも言える。それがメインの人は精神的な疲れなど入り込む余地もなく、気がつけば明日に備えてぐっすりと眠ることができるだろう。しかしながら、そんなことをしていて将来のためになっているのかと一度精神の罠にハマってしまうと、一気に疲れてしまって、肉体的な不調を呼び起こしてしまうのはそのせいだね。

病気

病は気からとはよく言ったもので、しっかりと身体を使って自然と対峙している日々には、そういった迷いや誘惑は付け入る隙がない。ところがそんな日々にも慣れてしまって、肉体的な疲労が不十分なとき、すなわち少し余裕があるときに良からぬ考えが駆け巡るわけだ。今を生きるということは自然のエネルギーをすべて使い切るということであって、そのためにわざわざ瞑想したりしなければ安定は保てないほど、あなたに降り注がれている自然エネルギーは膨大だとも言える。それが不十分だと、思考だけがぐるぐると暴走気味となって、特有の疲労感があなたを襲うことになる。しっかりと身体を使えるうちに使うクセをつけないと、ずっとあなたの毎日が不完全燃焼を起こすことになる。ある人は暇を作らないように留意していたり、どんどんとやりたいことが自然に浮かび上がってくるようにまずは考える前に行動することにしているのはそういう仕組みに沿ったものだ。考えてみれば毎日のルーティンワークはそれなりにある。しかし現代社会ではタイパやコスパ重視となり、それらをどちらかというとアウトソースすることが多くなる。あなたの悩みの原因は、実はそこにあるのかもしれないね。