そこにいるだけで
改善
常に現状何気なくやっていることを見直して、より効率化を図ることが迫られる時代だね。それでいいのか、そのままでいいのか、それをやらなければどうなるのか、なんていうことを突きつけられている状態だとも言える。だからなんとなく心のどこかに、もやもやした不安を突きつけられているとも言える。なんでもないぼーっとした時間を過ごすのが悪いことだとなんとなく後ろめたい気分がつきまとうのはそういう構造にある。その結果、あなた常になにかに急き立てられるような感覚が消えないから、あなたはあなたの時間を過ごすことに罪悪感が生まれているわけだ。しかしその原因を看破して、それが必須でありより良いことだと追い込まれているそれらから解放される道筋を見つけることができるだろう。それは誰かから押し付けられたあるべき姿であって、あなたにとって最善策ではないということを悟ることになるだろう。
仕事
この社会においては、生まれた瞬間からなにか社会的な奉仕をするために教育され、それが終わったら数十年は働き続ける宿命を背負っている。逆にそこから離脱するような人は落ちこぼれや適応障害などと烙印を押されて、排除されたり隔離されたりするわけだ。ところがその状態は人類史上で言うとほんの最近のことでしかない。食べるために働かざるを得ないと思わされているし、労働は美徳だとか、一所懸命に真面目に言われたとおりに頑張る姿が美しいと称賛されるのは、当たり前のことだと洗脳されている。歴史的な観点を持つことができれば、今が異常だとすぐに感じられるはずだね。農耕定住生活を始めてまだ長くて1万年も経たない。穀物を育てるためにそれまでの狩猟採集生活から定住せざるを得なくなっただけで、実は移動しながら生きていた時代の方がずっと長かったわけだ。
刹那
ヒトも生物の一種であり、ずっとそのまま永続的に繁栄することはないこと知っている。宇宙に目を向けたとしても、エネルギーの源泉である太陽もいずれその寿命を終えるわけだ。それが随分も先であるとしても永遠ではないことを知っている。そしてそれらすべてがたまたま成立する一瞬の刹那にあなたは生きていることも知っている。すべては終わるわけだし、人類史やら叡智やらと語ったところで、それらもいずれは消えゆく運命だね。そういう奇跡の瞬間をあなたは生きている。もうそれだけであなたは選ばれし特別な存在であるということを再確認できるだろう。今ここを感じられて生きているだけでもうそれ以上のなにかとやらは、おまけみたいなものだとも言える。そのおまけばかりに気を取られてしまって、それがあなたのすべてとなってしまっては本来のあなたを見失ってしまうから注意したほうがいいね。あなたはそこにいるだけでもうすべてが完結しているのだからね。
