笑うしかない
夜明け
暗闇に身を置くと、少しの光が希望となる。だからこそ、漆黒の闇の意味がそこで立ち上がるわけだ。暗闇はあなたを見失わせて、まるで闇と同化したあなた自身の存在がなくなってしまうような恐怖に包まれる。しかしそれは勘違いであって、あなたがそこで少しの光も見逃さない状況でもあるということだ。本当に闇に落ちてしまったのなら、光すら見えないはずだからだ。明けない夜はこれまでもなかったように、いずれまた光に包まれることは間違いない。いわば漆黒の闇は光り輝くその日までのインターバルでしかないわけだ。それをずっとそのままだと思いこんでしまうから、勘違いしてしまうわけだ。逆も然りで、明るい日々がずっと続くと牧歌的に思っていたけれども、やっぱり夕暮れになり夜は必ずやってくるわけだ。そうやっていつもの繰り返しを通じてあなたはあなたであることを取り戻しているわけなんだ。逆にその変化すら感じられなくなってしまうと、あなたは途端にあなた自身がどうなっているのかすら不明になってしまうのだからね。
成功
そういう意味では、あなたは大成功したことはない。それも昼夜を繰り返す日常の変化のように、成功と失敗はいつものように繰り返されるわけだ。誰かの成功を見て羨むよりも、あなた自身に向き合うことが大切であり、誰かの失敗を嘲笑する暇があったら、あなたはどうするかを考えていたほうがいいのはそういう理由だからだ。ずっと息を吸い続けることができないように、呼吸は吸って吐いてを繰り返すことで生命活動を維持している。同じように成功もあれば失敗もあるから、あなたは生きながらえている。そのどちらか一方ではすべての世界が成立することはできず、すなわちあなたがそこにいられることはない。そういうことが生きることそのものであり、さらにそれを継続できるのもその繰り返しが必須だね。そのサイクルがやがて止まるとき、それはあなたが本当にこの世から消えてしまうときだということは、あなたもなんとなく感じているだろう。
幸せの正体
だから、生きることは辛いとか、何をやってもうまく行かないという感覚は、それ自体が生きている実感であるわけだ。そしてやがてそれも曖昧になってしまうときは、人生の終焉を迎えつつある頃だろう。今強烈に生を感じているからこそ、大成功に嫉妬し、大失敗に涙している。だからそれでいいね。しかしながら歳を重ねるごとにどんどんその感覚も薄れてきただろう。だからそれを楽しめばいいだけのことだ。成功はともかく失敗を楽しめるわけがないと思っているのは、あなたの本心ではなく実は誰かから押し付けられた強迫観念でしかない。何があっても赤子のように笑ってられるのが本来の姿であり、うまく行こうとも失敗しようとも明るく笑ってられるのが生まれ持った感覚だ。それに色眼鏡でこれは良い、これは悪いと分類し始めたから、息苦しくなっているだけのことなんだからね。人生丸ごと笑っとけばいいだけなのにね。それ以外はおまけなんだから。
