世界の向こう側

日々

ありのまま

この世界をありのままに見なさいなんてよく言われるね。けれどもあなたはそれをいまだかつてした経験がない。なぜならあなたはあなたの過去の記憶や体験によってどうしてもバイアスがかかってしまうからだ。頭がいい人とか悪い人とか、良いこと悪いこととか、幸せだとか不幸だとか、それらの判断基準は一体どこに依拠しているのかを探してみればすぐに気がつくだろう。どこをどう探したとしても、これだ、というものが見つからないはずだ。なんとなくそう言われてきたからそう思っている、という次元であいまいに判断しているだけで、決定打と思われるものさしがあるようでないことにね。いやいや、あいつは頭が良いとは言えないだろうなんて反論してみたところで、その基準はあなたが恣意的に決めつけているだけだし、総合評価的に公平で客観的にと留意しているつもりでも、あなたが知らないあいつの特性はあなたには無いことになっているはずだ。すなわち全知全能の神でもない限り、あなたが見たスナップショットをつなぎ合わせてあいつを構成しているのだ。

見た目

なんとなく見た目が良い印象を受ければ、いい人っぽく思ってしまう。それも経験上のことであってあなたが知らない世界はまだまだたくさんあるはずだね。一方で見た目に騙された経験があると、見た目が良いというだけで疑って掛かる人もいるだろう。それらは絶対軸があるわけではなく、単にあなたの過去の記憶に依拠するものだ。素直で朴訥とした人に好印象を持つのか、それとも何か良からぬことを考えているのか、さらにはプライドが高すぎて何も言えないのか、それをありのままに見抜くことなんて不可能だね。あなたはいつもそのすべてを把握しているわけではなく、ほんの一瞬のイメージから推測しているだけのことだからだ。それですべてが分かったふりをして、あなたの中の判定委員がその少ない情報の中で判断を下している。それがあなたの世界のすべてであり、それ以上は知らないわけだからありのままに見るなんておおよそ絶望的でもあるわけだ。知らないことはあなたの世界にはまさにありえないことなんだからね。

観察者

そうやってあなたはいつも世界の一部だけを見て、笑ったり泣いたりしている。それがまるで真実だと思い込み、それ以外はまさに考えられないからね。しかしながら、それがありのまま素直に見つめていると思い込むのはちょっと早すぎるわけだ。あなたがすべてを知ることはできないという限界を知れば、その瞬間ではそうだという限定条件が常につくはずだ。そうして、その可能性は無限であり、今の印象ではそうだけれども、実は全くあなたが知らない世界が同時にそこにあると感じることができるだろう。なにも一からすべて無にしなくても、あなたはそこにいるままで世界が一変するのはそういう構造だからだ。あなたはいつも色眼鏡をかけてほんの一部だけを見ている。そしてそれは真実とは程遠いわけで、その視座を変えたり、色眼鏡を違う眼鏡に変えることができればあなたが思う世界はガラリと変わる。だからできるだけありのままで見なさいというのは、すべての人にとって誰もなし得ていないことを表しているわけだ。そういう意味ではそれをたまに思い出すだけで、まさにパラレルワールドを縦横無尽に駆け巡ることができるわけだ。