できることをやる

日々

また明日

今日という日をしっかりと充実したものにできれば、また明日は特に気にしないだろう。でもどうしてもやり残したことがあるから、また明日続きをやろうとなる。予定が先に決まることが多いから、それは来週までにとか、来月末までにと思って過ごしている。物事には優先順位を必要とするぐらい、やることが多くてうんざりしている。今それをやっている場合なのか、それとももっと喫緊の課題が潜んでいるのではないか、そんなことばかりを気にしつつまた明日という日々を繰り返している。すべては約束事を守ろうとする営みであり、それを遵守できないとその後の人生そのものに影響を与えてしまうと思っている。しかしながら生きるという意味においては、今しかなく、不確実な明日に依存していては、たくさんの後悔も同時に抱えることになるね。だからこそ今に精一杯にならざるを得ないわけだ。それでもあふれる課題があるとすれば、一体それは本当にやらなければならないのかどうかを最初に疑ったほうがいいかもしれない。

シゴデキ

会社でも社会でも優秀な人というのは、そういうところがそつがないことを指すわけだ。計画や段取りがすぐに立ち上がって、それをやや前倒しに進めることができる。なぜやや前倒しなのかというと、不測の事態に備えるためだね。ここでもまた明日というのはあまり信用されていないという事実が浮かび上がってくる。その日に突発的なトラブルが起こる可能性も否定できないし、体調が悪くなって思うような進捗が得られないかもしれない。それでも約束事を守るためには、少し早めにせざるを得ないわけだ。一方で、ちょっと牧歌的というか楽観的な人は、まぁそうなったらそうなったでそのときにウルトラCの技を持って対処するしかないだろう、なんて考えている人もいる。それはそのスキルと常に代替案というか計画を複数持っていることによってなせる技でもあるね。すなわち倍速で処理しようと思えばいつでもできるという高性能さか、方法論的に近道を知っていることでそれが実現可能なわけだ。そういう意味ではやなりやらねばならいことの本質を先回りして看破しているからこそのものだとも言えるね。

引き算

要するに、同じ時間を過ごしている中で、なんとかやれる人の特性はやらねばならいことの中の本質を理解していて、実は省略可能なことを知っているわけだ。結局のところ時間が足りなくてまた明日ということの本来の意味としては、かなり余計なことがそこに含まれているからだとも言えるね。ほとんどは特段影響のないことばかりをやっているからこそ、今日という今に処理できないという結論となる。あなたにとって今というこの瞬間にせいいっぱいやれることをやれば、実はそれだけがやるべきことであって、それ以上はおまけだということだ。今日という一日でできないことにばっかり目を向ける必要もないね。もちろん大きな建物を建設したり、離島に橋をかけるような仕事は長期間のプロジェクトとなるし、壮大なシステム構築や再構成なども1日ではできない。かといって、今しっかりとやれることをやるという本質を忘れてしまえば、それらはすべて頓挫するだろう。要するに結果の集大成がたまたまそれであり、あなたが毎日何気なく過ごしているそれらの結果となんら変わらないわけだ。日々やれることだけをしっかりやる。これこそが生きるすべてであると言って良いのはそういうことだよ。