カチカチ山のたぬきさん

日々

希少価値

そもそも何かの価値を決めるのは、多くの人がそれを持てないからだ。限られた数しか世の中にないからこその価値がそこに生まれている。だから価値というのはそれそのものではなく、そういう状況によって生まれる。唯一無二だと言われるあなたも、この世の中に多くの人がいるにも関わらず、あなたはあなた一人しかいないからこその価値があるだけのことだ。ハイブランド品や高級車、最近では金が高騰しているのも、大量生産をせず、限定された数しかないからそうなる。さらにいえばそれを求める人がたくさんいるのもその後押しをするわけだけれども、決してそれは先ではなく後付けの補強であって、希少品だからこそそれが成立するわけだ。みんながお求めやすい100均の商品とは違うという点でそれは高価なだけだね。その価格設定は馬鹿げていると思うぐらい高価なのは、お求めやすいことを狙ったわけではなく、多くの人が買えないようにわざわざそうなっているだけのことだ。

実質価値

だから、財布にしてもカバンにしても、日常誰もが使っている製品としての機能的価値は、身も蓋もないことを言えば同じだね。高級ブランドの腕時計が指す時間と、チープカシオが示す時間は同じだ。むしろ普及品の時計のほうが正確だったりもする。高価なワインはその味わいに深みがあるとか言われるけれども、コンビニのワインでもあなたの口に合う美味しさは同じであり、飲みすぎると酔ってしまうのは同じだね。高級車に乗れば荘厳な内装と乗り心地は多少違うだろうけれども、一般大衆車のほうが燃費がよかったりするし、目的地にたどり着くという使用価値は同じだ。すべては誰もが買えないようにしているからこその希少性であり、そうだからこそたくさん作る必要もなく、あえて職人が手塩にかけて手間ひまかけて作り続けることができるのも、大量生産という資本主義の罠から逃れているからこそのものだ。要するに薄利多売という資本主義・産業革命から外れているからこその価値がそこに生まれているだけのことだ。

自分価値

だからその機能を手にするには、それほどの高額な支払いはほとんど必要がないことを看破できるだろう。ほとんど多くの人が享受できる便利さと、ハイブランドなそれらは本来の使用用途や目的からすると同じ価値でしかない。あとは見栄とかプライドを表明するツールとしての希少価値をわかりやすく表現できるそれとして存在するだけのことだね。それは現代社会を便利で安全に生き抜くという本質には全く関係がない。でもそれがバレてしまうとだれもが見向きもしないものとなってしまうから、そこに馬鹿げた値段をつけてなんとか簡単には手に入らないというポジションを生み出している。わざわざそれを選ぶのは、それぐらいお金が余っているという顕示欲ぐらいしか見当たらないわけで、それがもし誰もが手に届く価格に下がってしまえば、急速に売れなくなってしまうだろう。いつの間にかそれを幸せと勘違いして、あなたの人生はコスパ最悪となってしまっているね。お金がないと、権力や地位がないと惨めな人生だと思いこんでいるだけで、そこには実質的な価値の差異なんてどこにもないことを忘れてしまっているのだからね。