ねじれた世界
希望
希望は絶望の中にある。だから希望を胸に生きていたいのならば、絶望をたくさん経験することが必要だね。思い通りにいかない世の中をサバイブすることが前提条件となる。だから、絶望だけで終わらせてはいつまでたっても希望の星はやってこない。もっといえば希望あふれる毎日だと気づくには、絶望というきっかけが下地に必要なわけだ。良い悪いという二元論的な価値判断をやめて、絶望がたくさんあることが希望あふれる毎日の必要条件だね。あなたはいつも絶望を目の当たりにして、身動き取れず固まってしまうわけだけれども、そうではなく、これは希望の兆しをあなたに伝えてくれている。だからどんどん絶望を感じ、それが強くなることがあふれる希望の種となる。そういう世界観へと変化すれば、今現状がどんな状況であっても、そんなに悪くないと思えるだろう。ほら、これがまさに希望が生まれた瞬間でもあるわけだよ。
幸せ
そうであるのならば、幸せも希望も同じような構造にあることにすぐに気がつくだろう。幸せいっぱいな日々を送るには、不幸せだと感じる種をまずは見つけることが必要なわけだ。しかもまさかと思うことだろうけれども、不幸せが大きく、たくさんあればあるほど幸せへの準備は整うことになる。いやいや、そんなつらい思いはしたくないと思っているだろう。だからあなたは幸せを見つけられないわけだ。つらい思いは悪いことだと決めつけているけれども、そのつらいという感覚はこの世には存在しない。なぜそんなに心が動揺するのかというと、あなたがそれを受け止めきれずに排除しようとするからだ。単にそういった変化を恐れる本能を刺激するような出来事だから、あなたはそれをつらいと分類してなんとか回避しようとするクセがあるだけのことだね。すなわち知らないことを理解するには少し時間がかかるから、一旦つらいことという収納箱に放り込んで様子をみているようなものだ。
不確実
思い通りになることが、幸せだの希望だのと勘違いしていることがすべての原因だ。それは実は全くの逆で、思い通りにならないことが幸せや希望の正体だと言い換えてもいいね。あなたの世界はいつの間にか反転してしまい、そのまま元通りにならなくなっている。生まれたての赤子の頃は、何が起きても笑っていただろう。不測の事態をすべて楽しんでいた様子は、赤子を見ていれば読み取ることができるね。大人のあなたはそれを見て呑気なものだと微笑んている。ところが成長するにつれて、今度は真逆に気に入らないことがあれば泣いて主張しはじめる。それを成長することだとあなたは見守ってきた。どうしてそうクズるのかとあれやこれやと類推しては、なかなかうまく意思疎通ができないこともあっただろう。やがてしっかりと自己主張ができる言葉を操り始めるわけだけれども、それはもうあなたにとっては無理難題というか、わがままの塊となって襲いかかってくる。今のあなたもそのままになっているだろう。表向きに我慢するという演技ができるようになっただけでね。そこにあなたの世界の大いなるヒントがあるわけだよ。
