ムダの本質
便利さ
現代は便利か便利でないかで価値が大きく変わる時代だね。だからその弊害として、子どもたちでさえ面倒か、そうでないかで判断してしまう時代となった。だから面倒なことは忌み嫌われ、楽ちんなことが好まれるようになった。ちょっとした手間ひまや時間を節約してくれることにはすぐに飛びつき、ちょっと手続きが必要なことはうんざりしてしまう。それぐらいインスタントに物事が進むようになった反面、タイパやコスパ重視の傾向が大きくなったがゆえに、相対的に同じような結果になってしまうことが多くなってしまった。さらにその同質的なアウトプットを多くの人が受け入れることで、多様性というよりも画一的な価値観に支配されがちに変化しているわけだ。
個性と特徴
そこで個性を大切にしようとか、違いを受け入れるということを強調されるようになったわけだけれども、そのために払うコストはやや増加する傾向にあるわけだ。みんなと同じでいいという割り切りさえあれば、すぐに結果を手にすることができる。それを避けようとちょっとした工夫や個性を発揮させようとした途端に、やや面倒なことが増えてしまうわけだ。そのコストと望む結果のバランスがちょうどいいところであれば、なんとか少し違った個性や特徴を手にすることができる。ところがその変化のためのコストが大きいと判断されてしまうようなことは、多くの人が避けるようになったね。そこで少しだけの手間で大いなる特徴を得られるような秘策、すなわりライフハックやノウハウが大きな価値を持つようになったわけだ。
ムダと悪
そういう理由から、真面目に実直にすべてに真摯に対峙することは、総じてコスパ悪い行為となってしまうわけだ。したがって勤勉さ、真面目さだけでは、なんの価値もそこには生まれないとされてしまう傾向が強くなっているとも言える。もっと要領よくできる人こそが大人気になる時代でもある。そしてその方法やコツが求められるようになった。安く、早く、しかしながら大いなる結果を皆が望む世の中と言ってもいいね。さらに言えば、単に真面目に不効率に時間をかけてじっくりやっているようなことは、やや時代遅れで良くないことだと判断されてしまう状況へと変化したとも言えるわけだ。効率化がどんどん進むことで、すぐさま正解にたどり着くことができるが故に、その文脈を紡ぎ出すための余白時間などはムダだと断定されてしまう。しかしムダこそが実は人生の本質であるという真実を見失っていることを、実はまだ多くの人が気がついていないね
