別れ
順番
生きるうえで一番不甲斐ないというか、悲しいことは生命サイクルにおいて順番が違うことだね。親より早い子の死はとてもつらいだろうし、そうでなくても若い世代が先に逝くことは耐え難いなにかを感じるわけだ。もちろんその経緯がわかったうえで十分に一生分頑張ったと思えたところで、やっぱり切ないことには変わりはない。そしてそうならざるを得なかった運命を、あなたはどうしようもないとわかりつつも、なんとかならなかったのかとやっぱり思ってしまうわけだ。もちろん自らの寿命をコントロールできることは無理な話だね。ましてや身近な人にはなおさらなことだと頭でわかっていても、やっぱり辛く悲しい思いはどうしようもないことだね。
奇跡
だからそこで学ぶことは、こうして当たり前のように生き残った人同士が集えることも奇跡だということだ。たまたま運命に翻弄されることなく、生きながらえていることは当たり前の日常ではない。そして早く逝ってしまったその人でさえ、できれば奇跡を信じて、生き抜くことに精一杯だと知るに、いたたまれない気持ちになってしまうわけだ。そして十分にその生命を生き抜いたからこそ、その遺影には誇らしさを感じることになる。あなたもいずれはこの世を去る日が必ず訪れるという現実を、そうした他者の死から、学ぶことになるわけだ。しかもそこに集う仲間は、生きてこそ実現できるわけで、そのきっかけがいろんなつながりを再確認する機会になるわけだ。
当たり前
つまらないと思って過ごしてしまっている当たり前の日常も、実は誰かがそうしたいがために必死に頑張っている。あなたにとっては取るに足りないようなことでも、それを切望してやまない人がいる。そんないろんな思いが渦巻いているこの世において、あなたそういった日々を大切に生き抜いているだろうか。普段はそんなことすら気がつかない日常に対して、それが奇跡だということを他者の死が教えてくれているわけだ。悲しくて切なくて涙が止まらないのなら、あなたはもうそれを受け止めている。だから日々の当たり前が奇跡の日々に変わる瞬間でもある。そうしたことをしっかりと受け止めて、またあなたは残された時間を大切に思って過ごすことになる。それが実は人生において幸せそのものだということを何度でも繰り返して確認しながら生きるということだね。
