何が見えているのか
ひとつ
夜も更けた街は静かだ。そして暗闇を照らす光がとても眩しい。やがて夜が明けていくと、その光は街に溶け込んでいく。光はずっとそこにあり、いつものようにそれらを照らしている。でもその角度によっていろんな景色が浮かび上がっている。そもそも何も見えなかったところに、いろんなものが光に照らされて浮かび上がってくるわけだ。壮大な大自然の景色を見て、得も知れない感動があるのも、整然とした町並みを見て人類の叡智を感じるのも、もともとそこには何もなかったからだね。そうしてあなたの意識が立ち上がり、いつもの日々の暮らしが起動するわけだ。あなたはさっきまでウトウトとまどろんでいた。さて夜も明けたし今日もここから始めようと行動し始める。それらはいつものことであり、実はいつものことではないね。いつかそれができなくなる日がやってくるのだからね。
眠り
熟睡しているときは、何もまだ始まっていないわけだ。あなたが覚醒し意識が立ち上がったあとに世界が次々と読み込まれている。これを毎日繰り返しているわけだ。だから誤解のないように言っておくと、すべてはもともとひとつであるからといって、ずっと眠っているわけにはいかないだろう。ずっと眠り続けると意識が起動しないままであり、ずっと何も起こらないのと同じだからだ。ここで言う眠りとは二つの意味があって、一つは目を閉じて身体が休息している眠りと、起きてはいるけれども何も見えていない状況だ。どちらもいつもというなにか大きな一つの世界であり、それらは意識的には変えられない。覚醒しているときに意識的にそういう気づきがあって、メタ認知することによりようやく置かれている状況を把握することができるようになる。それまでは、いつもの日常だと思いこんでいるから、眠っているのと同じだということすら気がつかないままだ。
光と影
ヒトの感覚器官で大部分を占めるのは視覚だね。目を閉じて街を歩くのは困難だ。もちろん聴覚や他の器官によって補うことでいずれ可能にはなるだろう。そしてそうであっても一度も眼が見えないまま生まれたならば、おそらく見えている人とそうでない人の頭にぼんやりと浮かぶモノの様子が異なるだろう。特に色がそうだね。もちろんあなたも色はわかっていると信じているけれども、こればかりは比べることはとても難しいわけだ。昨今の技術では色の仕組みから、色域を計測することができる。けれどもそこでいう真っ赤は、あなたにとっても真っ赤ではある。ただ本当に真っ赤に見えているかどうかは、確認するすべはないね。ただ大まかにそれが赤だと教えられているから、少なくとも他の色とは違うということが言えるわけだ。すなわち見分けがつけば日常生活に支障はないだろう。ところで真っ赤とは何色なんだろうね。
