一旦離れること
一休み
まぁ、色々とやるべきことをたくさん抱えているだろうけれども、一旦はちょっとお休みにしたほうがいいね。もちろんそんな暇はなく、次から次へとやらなければならないことが見つかってしまうだろう。けれども、それに追われてしまうと、あなたの人生の時間がどんどん削られてしまうのならば、それは本末転倒だね。なぜならあなたはあなたらしい人生を送るために日々頑張っているのだからね。それをないがしろにしてしまうとなんのためのやるべきことかという意味がわからなくなってしまう。その忙しさややるべきことがたくさんあるということは、あなたにとっては幸せの一部であることは間違いないけれども、それだけに追われてしまうと本来の人生の本質がぼやけてしまうからだ。そこそこの負荷があって、それをそれなりにこなすことであなたらしさが浮き彫りになるわけで、それ以上はもはやあなたがそこにいるという意味すら見えないままになってしまうわけだ。
鋭気
バタバタし続けてしまうと、そういうよくわからない状況に陥ってしまう。だから、一旦そこから離れることで、あなたはそれをどうするかという選択肢を持つことができる。そうしてあくまでもあなたが主体的に選択できる余地が残されているからこそ、いい仕事ができるわけだ。特にクリエティブな仕事であれば、その関係のない余暇が新たなあなたの視点を生み出すことができる。けれども忙しさにかまけてしまって、あなたのインプットをおろそかにしてしまうと、あなたの今持っている視点だけですべてを采配しなければならなくなってしまう。その幅という意味においてはどうしても狭隘になってしまうのは避けられない状況となってしまう。そこで一旦一息をつくためにも、さらに言えば新しい視点を得るためにも、余暇が必須となるわけだね。あまりに近すぎる視点は、それ以上の広がりを持った仕事は難しくなり、あなたの選択肢もどんどん減っていってしまうからね。
見渡す
だからたまには、今やっていることから少し離れて、客観的に見られる視座を持つ機会が必要なんだ。そのためには一旦そこから離れないと、メタ認知すら困難になってしまう。もちろんそれを意識してできるだけ狭隘な視点を遠ざけることは少しはできる。けれども、それ以上の新たな知見を得ることはなかなか困難だろう。だからこそ休息が必要であり、ぼーっと過ごす時間がとても大切なわけだ。それ以上でもそれ以下でもない判断という壁を乗り越えていくためには、そればかりの世界から一旦離れることがとても大事なのはそのせいだね。そこでふと思いつくことや、たとえ何も思いつかないとしても、近視眼的に見続けていることから一旦距離をおくのは、決して何も得ないとは言えないわけだ。直接的に何かが起こらないからこそ、そうであるならばなおさら一休みすればいい。そのことによってあなたのキャパシティを少しずつ増やすことができる。すなわち次の扉の前に立つのと同じなんだよ。
