瞬き
消えゆく日々
幸せな日々も、そうではない日々もあなたが消えるときにすべてはご破算になることに気づく。そうすると、すべては今だけのことであり、それ以上の意味を感じても仕方がないということだね。だから虚しさを感じるのではなく、今だけを大切に過ごすといいわけだ。あと数十年後に同じことを感じる人はこの世にはいないのだからね。今とても大変な思いをしているかもしれないけれども、それ自体にそれほどの意味はなく、やがてそれらも等しく消えていくわけだ。ここで楽しい日々を送っていたとしても、それも数十年後に知る人はほんの一握りであり、それもやがては消えていく運命にある。あれほど楽しかった日々やあれほど辛かった日々も、そこの差はなくすべてはうたかたな夢となり、誰も知らない日々となるのは確実なんだだからね。それに特別な意味を与えているのはあなただけであり、そしてあなたも永遠ではなくいつか消えゆく儚い存在なんだ。
儚さ
だからといって、すべてに意味を持たせず儚いままに過ごせと言っているわけではない。それとは逆にだからこそ、今を精一杯生き抜くことがあなたにとってできることの唯一のことだ。だから、どうせ消えゆくのならば、楽しい日々を送ることに全力になる方がいいわけだ。辛いこともあるけれども、その一方で楽しいこともあるわけで、そのどちらかを欠いたままではなにも変化のない日々となってしまう。だからこその辛い日々であり、楽しい日々であるわけだ。いろんな思いをすべてまるごと受け止めて生きることそのものが、どうせ消えゆく我が身の供養となる。すべてをまるごと飲み込んで生ききることがあなたの課せられた使命であり、それを避けたところで一時の安らぎが得られるものの、生きるというダイナミクスを捨て去ってしまうことに繋がるわけだ。だから幸せになりたいのならば、同じだけの不幸を背負う覚悟が必要なんだ。それを儚いと嘆いたところで、あなた自身がそうなんだから真正面から受け止めたほうが結局のところ幸せに近づくわけだね。
逃避
逃げないで捉えることこそが、幸せの近道なわけだけれども、それでもどうしても辛くて悲しいのならば、いっとき離れてみるのも悪くない選択肢であることは間違いない。なぜなら、必要以上に辛さに耐えることも結局のところ消えてなくなるわけであり、それをしたところでなにかが追加されたりスペシャルボーナスが得られるわけでもないからだ。その塩梅をうまくコントロールして、どうせいずれにせよ、あなたがこの世から消え去り、それをともにした仲間も消え去るわけだから、それを体験していること自体が奇跡という事実を上手に受け入れることが、生き抜く力となるわけだ。この喜びやともに苦労した日々や、ともに喜びあった日々は、そういう意味では今だけのことだけれども、それを感じられる瞬間は永遠なんだからね。そしてそれを楽しみ尽くしたときに、きれいになくなるようにできている。なんと人生とは儚いながらも素敵なものだと知る時、あなたはこの世の真実を知ることになるのだからね。
