すべてがひっくり返るとき
悪い日
なんだか何をやってもうまくいかず、思っていたことは尽く違う結果になってしまう。そんなときはどうもついてない最悪な日だと思いがちだろう。けれども違う視点で見れば約束された成功を示す兆しであったりもするわけだ。ところがあなたは狭い箱の中に閉じこもってみているがために、それに全く気づかない。気が付かないだけでなく、すぐそこにある成功をも自暴自棄になって踏み潰してしまったりするわけだ。あなたが良い悪いと判断している材料が、とんでもなく狭隘であり、全体像のほんの一部だけであることを知らないままだからだ。あなたが見ている世界がすべてであると思いこんでいるけれども、あなたが見ている世界なんておそらくは世界全体の数%にも満たないと言われると、おそらくは驚いてしまうだろうね。そんな枝葉末節をあげつらって、あなたはまるで神様のように世界全体をジャッジしている気でいるのだからね。
良い日
そのことは、良い日だと思ってご機嫌でいるときも実は同じだということに気づいているだろうか。あなたが良い悪いを判断する基準と範囲が同じようにとっても狭い窓から見ているだけなんだから当然と言えば当然となるね。あなたは大局を見て判断しているかのように勘違いしているけれども、あなたがかつてそんな大局観で判断したことは実は一度もないと言われたらどうだろう。おそらくは激昂してしまって、そんなことはないと全否定するに違いないだろう。けれどもそれは事実だとしか言えない。あなたが見ている世界は、あなたがみたい世界であって、それはまるで針の穴から外の風景を見ているぐらいでしかないからだ。あなたはあなたの知らない世界を想像すらできないね。さらに言えばあなたのこれまでの経験以上の知見を見出すことはほぼ不可能だ。やってみたことがないことを知ったかぶりすることはできる。けれども具体的な内容に関してはほぼ何も知らないままだね。
知ったかぶり
あなたの世界観はほとんど知ったかぶりをしているそれに過ぎない。そのうえであなたが絶大なる信頼を寄せている善悪の感覚も同じぐらい脆弱だということだ。これは良い、これは悪いと無思考で決めつけているわけだから、それに対する吟味などしてこなかっただろう。ということは、もしそれがあなたが思うほど崇高な基準ではなく、とてもチープなそれだとしたらあなたの前提条件がひっくり返る可能性が高いね。あなたの幸せの本質は、実はあなたのいい加減な善悪の基準に依存している。だとすれば、その基準がもしデタラメであったと気づいた時、あなたは愕然とするだろう。前提条件が違っているのならば、今あなたが見ている世界のルーツを失うことに等しいのだからね。だったらこれまでの人生は一体なんだったんだと感じることになるだろうけれども、それが実はチャンスであり、あなたが生きながら生まれ変わる絶好のチャンスだであることに間違いないわけだからね。さてあなたが悪い日だというそれは本当にそれで違いないと言えるかな。
