無駄こそ人生
面倒事
現代はとても便利な時代だ。だから少しでも面倒だとやる気が大きく削がれてしまう。面倒事はいかに自動化するか、ルーティンワークにしてしまうことが効率化として正解だと思っている。まさに時代はインスタントに結果が出るものを求めているわけだ。そして類に漏れずあなたもそんな生活様式を目指している。そのための努力は厭わない一方で、やるべきことを少しでも減らそうとしながら、結局はそのためのコストは知らず知らずのうちに膨れ上がってしまっているね。楽に暮らすために、楽ではない瑣末事に追われているなんていうのは、本末転倒かもしれないからだ。それでもライフハックとか呼ばれるメソドロジーを追い求めて、今日もせっせと楽になるための準備を続けているわけだ。
効率化
いかに業務効率を向上させるか、ということですべての仕事は動いている。そしてようやくその努力が実を結んだとき、もはやそれ以前の手間ひまには戻れないね。そうして人類の進化とともに、どんどん便利な世界に一見向かっているようだ。ところが実質はどうだろう。そのために費やした労力は、次の無駄を省くことに再び向かい始め、どうやらここで終わりというゴールはいつまで経っても訪れないようだ。そもそもそれはやるべきことなのか、それともやらなくてもいいものなのか、という根源的な問いに回帰することが多いからだ。そしてやるべきことというあなたのタスクを減らすことができれば、あなたはその分自由を手にするわけだけれども、その自由はのんびりゆったり暮らす時間とはならず、さらに次なる効率化に追われてしまっているというチキンレースに陥ってしまっているね。
愛すべき無駄
人生はそもそも無駄なことをするためにそこにある。だとすれば、無駄を省くことや効率化というのは人生そのものを否定することと同義なのかもしれない。失敗したり、回り道をしてしまったりすることがあなたの後悔としてずっと記憶に刻まれるわけだ。けれどもそれこそが生きていることそのものであり、判断を誤ったり、大失敗したり、くじけたり傷ついたりすることが人生の醍醐味なんだからね。そしてそれはいつも後悔としてあなたの心の傷となって深く残ってしまうわけだけれども、それがないとあなたは生きる意味すらよくわからなくなってしまうだろう。間違ったことはあとになって笑い話になるわけだし、失敗した後日談があなたの生き様に彩りを添えてくれるのだからね。そしてそれすらすべてがあなたが愛すべき人生であり、それこそが幸せの正体だと言っていいだろう。
