二人のあなた

日々

失敗

失敗を恐れるのは、それによって安定した今を失う不安があるからだ。でも一方でその失敗を避けようとして何もしないままだと今以上の世界は見ることができない。そこでえいやっと挑戦することも時には必要だと言われる所以だね。それをどう捉えるかということで、あなたの生きる姿勢はずいぶんと変わってくる。もちろん、どちらの傾向が良いとか悪いとかという世界では、結局のところ何もしないほうが無難だという今を維持をすることになる。だから、失敗を恐れることも大切だし、それをなんとか勇気を持ってときに挑戦するということも同じように大切ということになる。だから、どちらかに大きく傾いているのならば、そのバランスをできればうまくとれるスタンスを生み出すことができればパーフェクトだね。ずっと尻込みをしているのも満足できないだろうし、かといって今の安定をわざわざ壊してまで何かをやることばかりなのも不満だろう。

不安

もしかしたら失敗するかも、という不安はときにあなたを慎重にさせてくれるわけだ。世間では勇気を持って失敗しようなんて鼓舞する陽キャもいるだろう。けれどもそれに乗っかってやってみたら大失敗してとてもつらい思いをしたりするわけだ。慎重なあなたからすれば大損害を被って二度とごめんだと心に深く刻むことになる。その時点で大きくバランスが崩れてしまい、冒険や挑戦は悪という偏った世界の中に閉じ込められてしまうわけだ。もはや安定の維持こそがすべてであり、それ以外は受け入れられない状況となってしまう。それは次の新しい世界の扉の鍵をきつく締めてしまう。また悪いことにそれで安心して幸せなのかと問われると、実は悶々とした日々を過ごすことになっているわけだ。たまには挑戦したり、非日常な何かを体験するためにも少しばかりの背伸びはやっぱり幸せの条件としては避けられないわけだからね。

受容

成功も失敗も安定も不安もすべてはあなたが望む世界であり、そのいずれかだけを主張すると必ず不幸になってしまう。逆に言えば喜びと幸せに溢れた日々を過ごすためには、そのどれもが等しく必要条件となっているわけだ。だから、少しは失敗して、たまには成功して、それで安定した日々がしばらく続き、いずれはそれも古ぼけてしまう。だから、そのどれかがどうだと主張するのはそもそも何も改善しないどころか、偏りによってさらに悪化することになるわけだ。不安があってもそれによって慎重さと丁寧さを磨き、成功によって立ち振舞や方法を学び、安定によって、日常の有り難さを学ぶのが人生であり、それをそのまま受け止めるということがまさに幸せが成就するポイントだね。だからこそ、あなたは今どういう状況でどのポイントにいるのかというメタ認知が必須となる。そしてメタ認知をするためには、俯瞰したもう一人のあなたがいないと土台無理な話なんだよ。