力加減

日々

願い

願いが叶うときは、実は願ってもいない。なんのことだと思うかもしれないけれども、おそらくは願望成就はそういう仕組みになっている。なぜなら、あなたの願いを叶えようと必死に頑張っているときは、いま一歩叶いきれていない場合が多いだろう。まだ足りない、願望成就というにはまだまだだな、なんて思うことばかりで、ようやく夢が叶ったというときは、そんな強い思いをいつの間にか忘れたときに突然やってくるわけだ。そしてそれは一度二度うまくいったとしても、なら次も同じようにと思ったときは、やっぱりその夢には届かなかったりするね。やっぱり願いは願いでしかなく、現実は厳しいと諦めることがあっただろう。そうしてそれすら気にしない日々をしばらく送っていたら、あれ、これってもしかしてあの日そうなればいいな、って思ったことでじゃない、と急に叶ったりするわけだ。

努力

願いや夢を叶えようと必死に頑張っているときは、なぜか結果が思わしくなく、やがて疲れてそれをしなくなってしばらくして、ひょっこりと叶っていたりする。だからがむしゃらに頑張っているときは叶わないわけだ。だからといって努力することが無駄だとがっかりしなくてもいいね。その努力は直接夢や希望を実現しないとしても、それを経ることがひょっこり叶う合図や伏線になっている。おそらく、それは直接の影響力はあまりないけれども、その強い願いを忘れないようにするためのものであるからだ。そうやって心の深くに刻み込むことで、あれ、これはいつかそう思ったことができている、という記憶を呼び起こすことができる。それすらもやらなかったら、叶っていたとしても、あなたは全く気づかないだけとなる。

忘却

そうやってほとんどのことは、忘れた頃にやってくる。そこからわかることは、強く願っているときは叶わないということだ。ましてやそのために日夜努力してこれだけ頑張ってます、なんていう状態では叶うことはない。なら、強く願って忘れるというプロセスが大切だね。一つのことを気にしている状況では、視点が近すぎて全体像が把握できない。それと同じで、そのことばかりに夢中になると、その分あらが目立って何一つ満足できるものが見当たらなくなってしまうわけだ。好きすぎて近すぎると、気に入らないところばかりが見つかってしまうのと同じ仕組みだとも言える。だからあまりに力を入れすぎるのも考えもので、だからといってお気楽にと言われてもちょうどいい力み加減なんてすぐにはできないね。だから一旦夢中になってから、それを少しずつ緩めていくのがいいだろう。それでしばらくすれば忘れてしまうぐらいがちょうどいいわけだよ。