産業構造革命
夢中
あなたが好きなことを夢中にやればいい。それに損得勘定を持ち込むのは野暮な話だね。そんなことやってて将来の何の役に立つのか、とか、そのためのコストと時間を考えればもっと有用なことがたくさんあるじゃないかとか、そんなことは一切聞き流していればいい。なぜならそれをするために生きているわけであり、そのための生きる糧であるからだ。生きる手段を得るためにスキルアップは欠かせないかもしれないけれども、だからといってそればかりの人生はまるで手段の罠にハマってしまってしまっていて、本来の目的をどこかに忘れてしまっている。金を稼ぐということばかりに気を取られて、それを得て本来のあなたのしたいことをするという、それとは全く関係のないことをするためぐらいのものでしかないのだからね。
仕事とプライベート
最近では仕事とプライベートを厳格に分けることが良いことだとされている。特に若者世代は、仕事よりもプライベートを充実することを重視しているね。それは本来の生きる意味を取り戻したと言ってもいい。だから、そこそこ稼いで、あとは好きなことに費やす人生が本来の生きることそのものだと覚醒しているわけだ。それを古い世代は揶揄することが多いけれども、仕事が趣味だという時代とは違うのだから、それを受け入れることが肝心だね。本来はのんびり過ごすための糧を仕事で得ているわけで、それに囚われてばかり入ればいつまで経ってものんびりと過ごすことなんて夢のまた夢となる。いい意味では足るを知るということであり、悪い意味ではそこそこの力しか発揮できないままとも言える。しかし、何も仕事以外で輝いているのならば、そんなことは言われる筋合いもないだろう。
成熟
別の観点で言えば、少ない所得でもやりくりしてそれなりに暮らすことができるぐらいに、社会がそもその成熟してきたとも言えるね。もちろんブランド物のバッグや豪邸や高級車は手に届かないだろう。けれどもそれがもたらす満足度は年々目減りしているということだ。そのせいで、産業構造的に変化してしまっているわけだけれども、時速300キロで走ることができるスポーツカーがその本領を発揮することは、おそらくめったに無いわけだ。それもロマンであり無駄の極みと言ってしまっては、それを手にする無駄を否定することになる。それが好きならそうすればいいし、違うものが好きならそれに向かえばいい。安くて楽しめることがたくさん生まれた現代においては、必然の流れとなるわけだけれども、総じてコスパ重視となれば、戦争でもしない限り、資本主義社会が立ち行かなくなるのも時間の問題かもしれないね。
