あなたという存在

日々

執着

あらゆる不幸とかトラブルはすべて執着から起こるね。なぜならあなたが怒ったり泣いたり、悲しんだりすることの原因はすべてあなたのものであるという執着から起こるからだ。あなたがあなたのものなんてなにもないとそれを手放したとき、あなたはすっと怒りや悲しみは消えてなくなることを経験するだろう。そう、すべてはこんなに苦労しているのにとか、こんなに頑張っているのにとか、あなたがそういった自我を握りしめているときに不幸は訪れるわけだ。その仕組みがわかったとしても、ついついそうなってしまうのは、あなたが一番愛されるべき存在だと思いこんでしまっているのが一番の原因だね。それぐらいあなたは特別な存在だと普段から自然にそうしている。だってあなたがあなたであるという確認をするには、そうするしかないからでもあるわけだ。

どこにいる

なら、あなたは当たり前のようにあなたがそこにいると思っているけれども、本当にあなたはそこにいるのかと尋ねられたとき、あなたはとても説明に困るだろう。なぜなら、あなたはあなたがいると思っているけれども、それを色んな人に説得力を持って説明しようとしてみると、それがとても困難だということに気づくからだ。あなたがそこにいるのは、あなたがそこにいるからだと言うしか方法はないね。もしかしたらあなたはこの世にいないかもしれないと考え始めると、堂々巡りになってあなたがあなたであるという当たり前に思い込んでいたそれすら、満足に説明することができないことに気づくからだ。そこであなたは驚愕するだろう。あなたがいるからこの世界は存在すると確信していたそれが、実はそうでもないという扉を開いてしまうからね。

自我

そういった自我は、あなたの世界では中心にどかんと座っている。けれどもそれが絶対的な存在かと問われると自我は自我を説明することができない。自我はあなたが誰かと違うという根拠ではあるけれども、だからといってそれを説明するとき、あなたがいる前提条件そのものを精査することができないからだ。いると思っているけれども、それはあなただけの世界でのことであり、誰かにとってはどうでもいいことかもしれない。あなたがとても素敵な人だと思いこんでいるけれども、それは実際には簡単に比較することができないものであるね。あなたと誰かはあなたのほうが優れているとあなたは言えるかもしれない。けれどもそれが誰かにとっての絶対なる真実かと問われた瞬間にすぐに崩壊するぐらい脆いものだからね。逆に言えばすべてはあなたが存在するという前提条件が支えているだけであって、その条件そのものを疑ってしまえば、すべての根拠を失ってしまうからだ。