無邪気な天邪鬼

日々

運命

なるようになるしかないのは、もうすでに知っているだろう。なのに、なるようになるという自然の流れに反して、なんとかあなたの思い通りにしようとして、いつも躓いている。それをやめることができれば、ずいぶんと楽になるというのに、あなたはついついクセみたいなもので、なるようになると知りつつもなんとかあなたが思う理想を無理やり当てはめようとしている。ハマらないパズルのピースをどうにかしてそこに当てはめようとしているようなものだね。もちろんそんなことを力任せにしてしまうと、本来当てはまるピースを壊してしまうことも知っている。不思議なことにそこに入らないと知りつつも、なんとか無理くりやってみたりする。その心理は一体どこからくるのだろうかと深く自省してみると、あなたはあなたの思い通りにすることがあなたの希望だと勘違いしていることが原因とわかるわけだ。

自我

なら、あなたはそれを知りつつも同じ過ちをどうして繰り返してしまうのだろうか。それはあなたがコントロールできるという実感を持ちたいという欲望からだね。なるようにしかならない運命に逆らうことで、あなたは自分が主役だと思いたいと思うからだ。そこにはあなたが今まさにここにいるという感覚を確かめたいという欲求であり、あなたは実はどこにもいないという運命の流れを受け入れられないからだね。もちろんなんとなくそう感じているけれども、なんとなくあなたは生きている実感というか、時代にあなたという傷を刻み込みたくなる瞬間があるわけだ。それはどうしてそうなるのかということを深堀りすればすぐにわかるんだけれども、あなたが自然の一部であり、流れの中にぼんやりと浮かび上がっていることを再確認したいという自我によってそれは起こるわけだ。

確かめる

そうやって、たまにあなたがここにいるという実感というか、感触を確かめたいという衝動がそうさせるわけだ。しかもそれはそういう意味ではたまに反逆することで確かめることができるね。そのまま流れに身を任せて楽に過ごしている状態が幸せそのものなんだけれども、その幸せの度合を確かめるためには、ならその大いなる流れに逆らってみれば、あなたがどれだけ幸せのエネルギーを受け取っているかを知ることができるからだ。流れるプールの中で身を任せてプカプカ浮いているだけでは物足りず、ならちょっと逆らってみようと姿勢を逆に向けて抵抗してみるとその力強さにびっくりするようなものだ。もはやあなたがどれだけ怪力だったとしても、とてもじゃないけれども一人で太刀打ちできるそれではない。幾度となくそれをこれまで何度か繰り返してきたけれども、あまりにも幸せ過ぎるからこそ、たまにそうしてみたい無邪気な天邪鬼が時折顔を覗かせるわけだね。