意味づけ
人生の意味
意味なんていうことを考え始めると、途端に苦しくなるのは、実のところ意味なんて言うものがないからだ。そんなふうに言ってしまうと、なにもかもが虚しく感じてしまうかもしれない。けれどもどう考えても意味なんてものは、あなたがそれを生み出しているだけであって、普遍的というか、根源的なものではないね。だから、意味をあんまり求めすぎるのはやめたほうが良いだろう。すべてに意味はないからこそ、あなたがそれを自由に与えることであなただけの世界を楽しめばいいのだからね。それを勘違いして、意味がないとかあるとかで物事を決めつけて分類するクセがついてしまうと、あなたにとって意味がないと断罪されたものたちは、存在すら否定されてしまうわけだ。そしてそうしてしまうからこそ、あなたは辛く苦しい毎日を過ごす羽目になっているわけだよ。
意味の正体
そうであるならば、意味がないことにもあなたから意味があるようにしてあげられるといいわけだ。そんなことして何になる、とか、そんなの意味ない、とか言うのをやめて、すべてが素晴らしく奇跡だと称賛してあげられるかどうかで、あなたの世界は大きく変わるのだからね。そもそも意味の根源的な何かを考えてみればすぐに頭打ちになるというか行き着くところは、どうせ死ぬあなたにとっての意味とは全く普遍的でも根源的でもないという残酷な事実に到達してしまうだろう。人生においての生きる意味とか、偉業を達成した偉人として歴史に名を残すとか、そんなだいそれたことでなくても、この世の儚さがかえって浮き彫りになってしまう。なにがどうなっても、たとえあなたの死後に歴史に名を残すことがあったとしても、あなたには全く関係のないことだ。そんな意味とか考えている暇があるのならば、今をどう過ごすのかという本来の人生の命題に向き合ったほうが得策と言っていいだろう。
効率化の罠
すなわち、現代社会における効率化そのものが、あなたを騙しにかかっているものだと言っていいね。究極の効率化やタイパやコスパは、そもそもあなたが存在すること自体が無駄となるわけだからね。もっと言えば恐ろしい話、人類を減らすほうが省資源で効率的であるという結論となってしまう。あらゆる人は譲り合って工夫しながらも、無駄をどう楽しむかということが生まれてきた本来の意味だと言っていいだろう。ビジネスシーンにおいては効率はKPIであるかのように言われているのは、本当のところ、ビジネス自体が無駄な活動だからだ。まぁ、そんなことを言ってしまえば身も蓋もないね。だから、無駄と上手に向き合うことが人生を楽しむコツだとも言える。あまり真面目に上司に言われるがままにすることも不要だし、そこそこに意味を自由自在に操ることで、うまくつきあっていくことが一番の人生の意味かもしれないわけだよ。
