ぶっつけ本番

日々

手抜き

いい加減といえば、とんでもないことだと思っているだろう。けれどもいい塩梅といいかえれば、そんなに悪い気はしないね。まさにちょうどいい加減が一番要であり、難しいわけだ。あまりに力が入りすぎると緊張関係が生まれて思っていた結果には程遠くなってしまう。かといって、いい加減すぎるとうまくいく蕾も見えなくなってしまう。そこそこの力加減でうまくやりくりできたときに、なんとなくうまくいくわけだ。その加減は数値化できそうでなかなかできないのは、その対象によってまさに加減しなければならないからだね。だからいい塩梅にとかいい加減にという簡単な言葉は、その裏側の調整はとても大変で困難であることを知っているね。力を入れすぎるとだめだし、力を抜きすぎると全く前に進まない。ちょうどいい関係性をとても細やかに調整できたときに、首尾よくうまくいくわけだ。それがわかっているからこそ、あまりに力みすぎても、かといって力を抜きすぎても思った通りにならないことを体感しているからこそ、その調整はまさに現場合わせとなる。それはまさにぶっつけ本番であり、人生においてはすべてが本番であると言われる所以となっているわけだ。

リハーサル

そういうことをなんとなく知っているからこそ、頭の中で何度もシミュレーションするわけだ。それはまさにリハーサルとも言えるわけだけれども、そこに力点を置いてしまうのは良くないことを知っている。あくまでもそれは仮想環境における仮説であって、本番は思いもよらないパラメータが膨大にあって、リハーサルなんてなんの役にも立たないことばかりだね。しかしながら、それでも仮説を立てて必要な準備事項を列挙しなければ、実際の行動に移すことすらできない。だから、あくまでもそれほど当てにならないとしても、あなたの頭の中で立ち上げなければすべてが始まらないわけだ。そういう手かがりをまず作成し、それに沿って動かすことを練習することで、イメージをふくらませることができる。それがないとはじめの一歩すら踏み出す方法や方向がわからないわけだから、それを省略することはできないわけだね。なんの頼りにもならないと知りつつも、幻想を積み重ねていくことであなたの世界の扉に手をかけることができるわけだからね。それすらも諦めてしまえば、ずっと思っているだけで世界は何一つ変わらないままとなるわけだ。

動機づけ

すなわち、まずはそこそこのシミュレーションをして、あとは野となれ山となれと取り掛かることが、あなたの世界を変える第一歩だということだ。そしてそれは大抵の場合はすぐに撤退しなければならないほどうまくいかない。でもうまくいかないことが悪夢でもなんでもなく、うまくいかないことがあなたの新たな世界の扉の鍵なんだ。それの鍵は稚拙であっても、不十分であってもまずはやってみるという行動から始まるわけだ。もちろん思慮不足であればそもそもの扉の鍵すらも得られないわけだけれども、だからといって十分に準備したとしても、ほとんどが見当違いである可能性が高いわけだから、そればかりに時間を取られてしまっては、いずれ時間切れでゲームオーバーになってしまうね。思慮深いことは悪いことではないけれども、あまりに検討に検討を重ねていく時間を費やしてしまうと、ここというタイミングを逃してしまうのはそういう理由からだ。不完全であっても不十分であってもまずはやってみての反省を繰り返すことのほうが、あなたの世界の扉をこじ開けるという点では効率的であるとも言えるわけだよ。