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テーマ
人生にはどのようなテーマがあるかで、その充実度は大きく変わってしまうね。いわばあなただけの課題がそこにあって、それに対してどうアプローチするかで幸せだったり不幸だったりするわけだ。すなわち正解ばかりが増えたところで、結局のところあなたはそれを受け止めるかどうかによって、楽々な人生となるか、苦難多きそれになるかが決まるわけだ。だから、実は正解が人生を直接的に豊かにするわけではない。そもそもその正解も多くの場合はそうだという最大公約数的なデータに過ぎず、ほらやっぱりそうなったね、という要素をできるだけ集めたものに過ぎないからだ。だからどちらかというと人生という問題の解答者ではなく、出題者としての振る舞いがそれらを大きく左右する仕組みとなっている。だからあなたにとって正解を多く集めるよりも、あなたが自ら課したテーマに沿った良質な問いを持ち続けられるかどうかが、実はあなたが楽しく過ごせるかどうかが決まってしまうわけだね。
あべこべ
だから、普段あなたが課題だと思っていることは、実はまったく逆だと言っていい。いつもあなたは真逆のことに関して苦しんできたわけだからね。例えばもっと豊かな人生を送るために、収入をたくさん得られないとそれが実現しないと思っていることが多い。そのために人生のほとんどをその問いを解決するために、時間を費やしてきたね。それで収入が増えたとしても、それは目的ではなく手段でしかないわけで、いつまで経ってもどこまで行っても成功とは程遠いわけだ。そう、そこでそれがどうやら問いとしてはふさわしくないと気がつくならまだしも、もっと増やすことが正解に近づく唯一の手段だと思いこんで、ますます頑張ってしまうと気がついたときには手遅れになってしまう。そしてどうしてもそれを問いにしてしまうと、失っているいろんなものが見えにくくなってしまうわけだ。だからこそ、あなたにとっての物語をどう生み出すかということの方が、実は大切だったりするね。
分身
そもそもあなたは一人ではない。人生の場面によってシナリオどおりにあなたを演じ分けている。仕事へ行く前のあなたの表情は、朝起きてから家を出る前までに顔つきが変わっている。そして仕事を終えて家路につくときは、プライベートな顔つきに戻っている。友人と談笑しているときの笑顔は、そのシーンにぴったりな顔つきになっているだろうし、深刻な相談にのっているときは、それ用の顔つきとなる。あなたは自然とその時々に応じた役柄を演じ分けていると言ってもいいだろう。そしてその背景にある物語に対する問いをあなたは常に再設定し続けているわけだ。それが適切であれば、その答えはあなたにとっては最適解となる。しかし、それが不適切であれば同じように袋小路に追い詰められてしまう。もちろん人生に答えなんかないというのはそのとおりではあるけれども、しかしながらあなたの物語に即して照らし合わせてみれば、実はあなただけの最適解が常にそこにあるわけだよ。
