たまに自分で考えてみよう

日々

勘違い

あなたの人生はまさに勘違いでできている。そんなふうに言うとあなたは怒るかもしれないね。でも、ほとんどすべてを上手に勘違いしているから、それほどたいしたことのないプライドや見栄であなたの現実というものが蜃気楼のようにいつもゆらゆら揺らめいて見えているわけだ。ほとんどの場合、それほど深刻にならなくてもいいことばかりなのに、あなたはそれを一大事だと勘違いして、やらなくてもいいことばかりをやってしまって、疲れ果てている。この世は面白くないことばかりだとか、生きることは辛いことだとか、そんなふうに自らを慰めるしかなくなっている。けれどもそれは一人芝居であって、それが真実ではないことばかりだ。そもそも人生において一大事なんていうのはそんなにも多く起こるはずもないし、実際にそうであるのならばあなたはワクワクしているに違いない。ところが不思議なことにそれらを同じように経験しているにも関わらず、人生はつまらないなんて思っているのは、あなたの眼の前に広がるご褒美を、きっとそれらは罠に違いないと突っぱねてしまっているのと同じことだね。

天邪鬼

だからいつもあなたの眼の前に繰り広げられるチャンスは、悪魔の試練だと忌み嫌うようになり、危険な罠には簡単にハマってしまうわけだ。それが罠なのかチャンスなのかを見事にひっくり返して見つめているから、あなたはいつも浮かない顔をして、ついていない人生だと嘆くことばかりとなってしまっている。もしそれらが本当は真逆であればどうだろう。すこしだけ想像してみればすぐに気づくだろう。あなたはまさに幸運の神のごとく、チャンスがいつもゴロゴロ転がっていて、それを正しく認識できないだけであって、あなたが飛びついてきたそれらは、実は悪魔の果実だったということだ。あなたが得だと思って選択したそれらが実は損失の実で、あなたがくだらないと投げ捨てたそれらは得する果実だったわけだ。そしてどうしてこうもくだらない果実ばかりがあなたの眼の前にやってくるのかと嘆き悲しんでいる。それを思うと背筋が寒くなるかもしれないね。

思索

だから、あなたが感じている違和感とか、どうにもモヤモヤして仕方がないような出来事があったとき、一旦全部ひっくり返してみるといいかもしれない。ようするにあなたが最悪だと決めつけたらそうであるし、最高だと思ったらそうなんだ。ところが、あなたが最悪だと思っているそれらは、他人にとってはチャンスであり、幸運だとすればどうしてそんな逆転が起こるのかを考えてみよう。それはあなたがそれらの本質に触れられていないからだね。表面的な好きではない単なる色合いぐらいでいつも決めつけてしまっているからそうなる。そしてその根本原因は、あなたが誰かの答えに合わせて生きるクセをつけてしまったからだ。あなたがきちんとあなたの頭で自ら考えることを、いつの間にかやめてしまったからだとも言っていいだろう。もちろんいちいちすべてを吟味するなんて骨の折れる仕事だから、土台無理な話ではあるけれども、あまりにつまらないことが多いと感じたときに、少しだけそのことを思い出してみると世界は一変するに違いないだろう。