失敗のコスパ

日々

きっかけ

なんとなくやってみたいと思うことがあるだろう。そんなときはできることならそれに向けて行動することをおすすめするよ。もちろん、ふと思いついたことに振り回されてしまっては、その他のことに支障が出たりするかもしれないから、総合判断が必要になる場合もあるかもしれない。それでも優先順位を上げて、ふとやりたいと思ったことについてすぐさま調べてみたり、必要なものを揃えたりすることをしたほうがいい。そこまでしてやりたいとは思わないということは、その時点で面倒さが際立ってそこでやらなくなる。それでも準備を進めるのならば、それはやりたいという気持ちが強いものだと判断できるね。もちろんそこそこでほとんどは終わってしまうだろうし、準備の中でどうしても乗り越えられない困難さにも気づくかもしれない。そうやってやってみたいことにしっかりと向き合って日々を生きるということは、丁寧な暮らしにも通じるものがあるわけだ。あなたが生きる意味とはその中にしかないのだからね。

動機

あなたがなにかの情報や言動に触れ、やってみたいと思うことを流さない暮らしができているかどうかが、あなたの生きる世界を定義しているとも言えるね。そのすべてが面倒になっているのか、ワクワクしてなにか挑戦できることはないかと探し続けているのか、実はたったそれだけで世界は大きく変わるわけだ。すべての始まりを言い訳にしてしまうクセがついていると、そんなのできっこないよ、という否定からすべてが始まっていることに気がつくだろう。でも、だって、で始まる口癖だったり、無理だとか無駄だとか、すべてをやらないで決めつけて安心している習慣がどんどん強化されていくわけだ。そうするとそれらがあなたの経験として蓄積することで、この世はすべて無理難題で構成されていくわけだ。一方で、なんとかできることはないかと探すクセがあり、結局のところ実現する世界はなかなか訪れないものの、小さな満足と成功を積み重ねていくと、思ったよりもうまくいくという感覚と、思っていたようにはいかないという感覚の両方を体得できるわけだ。そうすることで、結論としては相変わらずこの世は無理難題ばかりだけれども、その中であなたの役割を見つけることができるね。

やってみよう

ということは、やらないまま言い訳を生み出すよりも、やってから納得したほうがいいということだ。それはまさに「骨折り損のくたびれ儲け」という言葉にぴったり当てはまるだろう。しかしながらそれの「くたびれ儲け」が実はキーフレーズだね。疲れるだけでなんの利益もないという意味だけれども、それは表面的なことであって、その中には深いメッセージが込められているだろう。それがまさに生きるという意味そのものだということだ。損得感情が今は正しいものさしであると思いこんでいるだろうけれども、それはどこまでいってもあなたの世界の絶対的な価値観を規定するものではないということだ。そもそも損を極端に忌み嫌ってしまっては、得することすらも生まれないね。損と得は両輪であり、どちら一方だけの世界はおそらくこの世にはない。だからこそ、逆に言えば損とわかりつつもその中の得を探すことで、まさにあなただけの得を獲得することができるわけだ。それがこの世のカラクリであって、それに気づいた人が本当の意味で得をしているのだからね。