正義の名のもとで

日々

相談相手

すでに相談相手は友人ではなく、AIに代替されてきつつあるようだね。特に親しい人にも言いにくい繊細なこととか、あなただけでは判断できないことに出会った時、いつもあなたのそばにいるのはAIだということでもある。そしてその返答を見て、まるで信頼できる知己のアドバイスのように感じてなんの疑いもなくそのとおりに行動してしまう時代となった。もはや生身の友人よりも、バッテリーと通信環境さえ維持できればいつでも素早くアドバイスが得られるAIのほうが、あなたにぴったりと寄り添ってくれる最高の存在となったわけだ。おそらくはそんな人は思っているよりも多かったりするだろう。何か困りごとがあったり、悩み事があればすぐに励ましてくれたり、解決法をたくさん提示してくれるのだから、そうなっていくのは、もはや必然で避けられないのかもしれない。社会においても、今では優秀で実直な社員を探して採用するよりも、メンターとしてはAIのほうが何でも知っているし、的確で理想的なメンバーとしての地位を確実に得つつあるようだね。

正解

一方で、世の中は正解ばかりですべてが成立しているわけではない。正解はときに残酷で後戻りできない結論を下してしまうからだ。少しの瑕疵でも見逃さないことは、自らを守るには心強く感じる。けれどもそれによって、誰かが断罪されてしまうわけだ。正解とは冷酷であり、それ以外にありえないことだから必然的にそうなることを導き出すわけだ。そこで司法においては、わざわざ曖昧な人を集めて、慎重に審議する仕組みが取り入れられている。情状酌量なんていうゆるくてあまい余白が稀に生まれるのは、そのほうが多くの人の未来をやや楽観的ではあるものの、良くなるという希望を失わないためでもあるね。もちろんそのすべてがそうなるわけではないし、そのことでずっと傷ついて暮らす人も生まれてしまうわけだ。正解はときにあっという間にすべてをなぎ倒し、焼き尽くすパワーを持っていることに最新の注意が必要だということ。安易に断罪してはいけないコンテキストを読み取るという人間味という余地を残しておくのが社会を円滑に継続するためのマジックだとも言える。

判断

だから、どんな判断でも最終的にはあなたが熟考したうえで決めたほうがいいね。そしてそれは正解を探すのではなく、一旦荒ぶる感情を自ら整えるというスキルを身につけることが大切だろう。感情にまかせて行動してしまっては、あなたの理性は発動できないからだ。そして感情の奴隷から脱却できた時点でメタ認知できるといいわけだ。最近では会社という組織であっても、第三者委員会など身内だけでなく外部の意見を取り入れることが多いように、あなたも冷静になってからは、できるだけ多くの友人に相談してみるのもいいだろう。それぐらいの手続きがあってようやく判断することができるのは、それがもつパワーを考慮してのことだ。それすらも他人任せにしてしまって、結局のところあっという間にあなたも思ってもいなかった結論になったとしても、もはやそれは取り返しはつかない。そしてそれは誰も望まない状況を生み出し、あなたすらもそれを受け入れがたい状況となってしまうのだからね。