人生の大発見

日々

発見

人生の最大の発見とは、あなたが心から喜びを感じることができることを見つけることだ。それは表面的にはなんでも構わない。一般的にはやりたいことをやれる幸せ、という言葉になるだろう。そんなふうに表現してしまうと、なんだか陳腐なキャッチコピーのようで少し違和感を感じるかもしれない。けれども、どうしようもなくくだらないことでも、そんなことやって何になるの、ということがそうであるのならばそこに躊躇や遠慮は不要だね。けれども結局のところそんなことやっている暇がないと判断して、やりたくないけれどもやらないといけないと思っていることに向き合う毎日となっているわけだ。それをやらなければ生きていけないと縛られているせいでもあるね。生殺与奪を握られてしまうと、それが見えない鎖となって身動き一つできないまま人生を終えることになる。もしくは、定年を心待ちにして、そのカウントダウンをしつつ時が過ぎるのを待つようになる。ようやく解放された瞬間に、そのカウントダウンは人生そのもののカウントダウンであったことに気づくわけだ。

気が向くまま

やりたいことは、何も大規模なプロジェクトでなくていい。お茶飲みたいとか、ラーメン食べたいっとか、あそこに行ってみたいという日常の些末事で十分だ。その積み重ねがあなたそのものを形成していくわけだし、それができた数であなたは幸せの本質に近づいていくわけだからね。ちょっと一休みしようと思ったときに、いやいやここで手を抜いてはこれまでの評価が下がってしまうだとか、ちょっと美味しいものを食べたいと思っても、いやいやダイエット中だからこれまでの我慢と苦労が水の泡になるだとか、すべてはある一定のものさしで判断してしまっている。それもこれもその先にある評価や褒美であって、究極のところ損得勘定でしかないことに気づくだろうか。そんなことばかりで自らでわざわざ苦しみを生み出しているわけだ。もちろんそれそのものがあなたのやりたいことであれば、おそらくは楽しんでいるだろうから何ら問題はない。けれども体調が悪くなるぐらいに苦しいのならばとっととやめたほうがいいね。

胆力

粘り強さというか、物事に熱中できる度合いというか、肝っ玉というか、そういう力を失いつつあるのは、すべてが合理的な選択が正解だとするなんとなくの世間の風潮に振り回されているからだ。どうしても行きたいコンサートやライブがあるのならば、あなたはまさに万障繰り合わせてなんとかしようともがき続けるはずだ。どうしてもやりたいことが、とても大規模でコストも膨大にかかるとしても、その中でなんとかできることを血眼になって探すはずだ。でもすぐに諦めてしまうクセがつき、それを置かれている環境や誰かのせいにして罵倒したり文句をいったりして溜飲を下げている。そしてそれが正義であり、周りが悪となる対立構造をわざわざ生み出して、できないことがもはやあなたのやりたいことにすり替わってしまうわけだ。そんな人生であっても、気がついたら等しく時間は過ぎていく。そしてはっと気がついたときには、時すでに遅しとなって絶望の淵のまま終わってしまうことになる。だからやりたいことがあるのならば、いますぐにどんどんやってみることをおすすめするよ。