嫌われ者の唄

日々

あなたの人生

あなたが自分で決めたことには、もう少し自信を持ったほうがいいね。そんなこと言うと、誰かにそれは間違いだと指摘されることもあるから、そんな独断的な態度は良くないと言う人もいるだろう。確かにそういう周囲の意見をスルーし続けるのはあまり良くないね。おそらくは頑固だとか、視野が狭いとか、固定観念に囚われすぎだとか言われてしまうかもしれない。そして柔軟性は失われて、頑な過ぎてあなたを支援してくれている人もあなたの元から去っていくかもしれない。それでも最終決断はあなたがするわけだし、舵を取るのもあなたしかいない。なぜならあなたの人生なんだからね。あまりに周りに気を遣いすぎると結局のところ、あなたの人生を生きているというよりも、周囲の顔色ばかりに気にして本当のところは全部どこかへ置いていくような毎日となる。それを心から望んでいるのであれば、それはそれでいい。でもそれはあなたの心の声そのものなのかどうなのかを問うことすら、放棄してしまってもはや何がやりたいのかもわからなくなってしまうわけだ。

傍若無人

だから自分勝手にやってしまえばいいんだろう、と短絡的に思ってしまうのは明らかに違うわけだ。あなたの心に従うことは、決してそうはならないことを知らないからそんな屁理屈を持ち出してしまうだけのことだ。周囲の状況や、必ずしもあなたに賛同しない人たちの存在を知っていることや、それによってどんな人が傷つくとか、そんなことを総合的に俯瞰しているはずだからだ。それを考慮に入れないというだけで、あなたの心の声に従っているなんていう状態ではないことは、もうすでにわかっているはずだ。だからそれらはあなたの判断においてすでに十分に検討しているのだからね。これらを踏まえた上での心の声は、表層的な陳腐なものではなく深く思慮した結果として、必然的に生まれてくる。それを無視してやらないままでいると、あなたの人生は不毛な状況になってしまうのは、もはや当たり前だと言っていいだろう。それぐらいあなたの本心は様々な情報を複雑な関連事項をしっかりと処理しているわけだ。

躊躇

それなのにどうしてもそんな風にできないのは、ただ一つの障害ポイントがある。その正体はあなたのちっぽけなプライドだ。そしてそれはあなたがすごい人だと認めてもらいたいという、それこそ自分勝手な自己承認欲求がその正体だね。嫌われてしまったり、下に見られるぐらいなら何もしないほうがマシだと思いこんでいる。その真実はあなたが実は今の実力以上の能力があるという証拠でもあるんだけれども、それをやってしまって万が一のリスクを恐れているだけのことだね。だからあなたが決断したことを自信を持ってやっていくことをやらないままにするのは、決してあなたの人生にとってなにか高評価や好印象を得ることはできない。けれども、それをやらないままであっても、今よりも低評価や嫌な存在とはならないという打算でしかない。そして実はすでにあなたは、取るに足りない存在と化していることすらも気づかずまま、あなたの幻のプライドを磨き続けているだけになってしまっている。もはやそれに気づけば、やらない手はないはずだ。