面舵いっぱい、取舵いっぱい

日々

紆余曲折

人生悲喜こもごもであり、あなたがどう感じるかに依存しているとも言える。出来事は同じであっても、それを災いと捉えるのか、それとも次へのチャンスとして見るのかに大きく依存しているわけだ。ということは、同じ船に乗って揺られている乗客であって、起こっていることはそれほど変わらない。けれどもそれを心地よく感じているか、船酔いして辛くて苦しんでいるかという違いしかないということでもある。次々とやってくる単なる出来事を、あなたがどう受け止めるかという特性によって、最高の思い出となるか、最悪な過去となるのか、それだけの違いでしかないわけだ。その舵取りはあなたに完全に任されているし、本来的なそれに対する制約はない。しかし、なぜかどちらか一方に偏りがちなのは、あなたがそうしているだけなんだ。どうであっても、実のところその出来事なんていうのはそれぐらいのものであり、人生を規定するほどのことはほとんどなかったりする。それよりもあなたの心向き一つで大逆転するのは、見方ひとつというのが本当のところだね。

航海

だから、毎日が楽しくて充実した日々であるのならば、たまたまあなたの見方がそうであったということでしかないし、辛くて苦しい日々が繰り返されるのならば、そういう場所から眺めているだけのことだ。実はその原因だと思っている出来事なんていうのは、どちらの性質もなく単なる出来事に過ぎない。なのにあなたは出来事を原因として、だから仕方がないと諦めてしまっているだけのことだ。ついていないというのは、あなたがそう思うからであり、ラッキーだと嬉々として喜んでいるのも同じことだね。一般的には良いこと悪いことがあると信じているけれども、それは多くの人がそう思うからそうだ、という根拠があるようでないという理由からに過ぎないことがわかれば、あなたはいつでも輝きを取り戻すことができるね。変化は不幸なのか、それとも次へのステップのための兆しなのか。一方で安定は安心して過ごすことができる幸せなのか、成長を阻害する不幸なことなのか。あなたはそれらの問いに常に揺られているだけのこと。まるでそれは人生という大きな船に揺られているかのようだね。

充実

そのどちらであっても、満たされた日々だと言ってもいいだろう。あなたがどう感じるかということよりも、出来事によって揺さぶられ続けようとも、あなたが今にいてしっかりと受け止めていれば、どうであっても満たされた日々であることには間違いないからだ。あなたは船上にいて、そこから大海を眺めている。それだけであなたはそこにいる証拠となるのだからね。そしてあなたはどちらにでも進むことができるし、舵取りを放棄したところで、大きな流れによってとどまることは難しいわけだ。舵を切っても切らなくても、あなたはそこで静止していたとしても、あなたは常に動き続けているし、それを止めることは錨を降ろさない限り難しいね。ただそこにいるだけであなたが充実して輝いていると、なぜか周囲もキラキラと輝き始める。それが不思議な魅力となり、まさにその力で素敵な人や出来事が集まってくる。あなたは実はなにもしていないのにそうなるのは、実はそれこそがあなたの行く方向へ大きく舵を切ったのと同じだからだ。もちろんそれこそが、あなたが望んでいた方向だろう。