どうってことない

日々

心配性

あなたが心配するほどのことは、たいていは起こらない。だから心配しなくても大丈夫だ。しかしながらそうであっても、あなたは心配することをやめられない。備えあれば憂いなし、という言葉を表面的に捉えてしまっているから、心配しなさすぎよりも、しすぎたほうがまだ良いと思っているからだ。でも、それは本当にそうだろうか。そのことによって余計な災い事を実は生み出してしまってはいないだろうか。それがかえってあなたを苦しめているとしたら、まさに本末転倒となるわけだからね。そういう視点でこれまでのことを少しだけ冷静に分析してみよう。するとすぐにわかることがあるだろう。これまでの災い事のほとんどは、実はあなたが余計なことをしたことが原因だということに気づくだろう。なんてことだ、あなたが良かれと思って心配を大げさにして、それに対する備えをしようとすることそのものが、厄介事をさらに大きくしていたということだ。もはや愕然とするしかないだろう。

想定

起こらない未来をヤキモキして見ることで、あなたはまだ未知の不安に駆られてしまう。起きてから考えても良いことだとしても、起きてからでは遅すぎると思っているからだ。でもそれは本当にそうだろうか。起きてもないことへの対策は、起きたと想定するしかできないわけだ。すると不安が仮に的中して、さらに最悪なケースを想定しなければならなくなる。もっと心配すればその最悪なそれ以上のなにかが起こったとしたら、あなたはそれ以上の準備をしておかないと気がすまないわけだ。その加減は必然的にどんどん強くなって、あれもこれもとまだ起きてもいないバッドエンドに対処しなければならなくなる。そんなことで貴重な人生の時間を費やしてしまうとなると、さらにつまらなくなるのは明らかだね。しかも、実際にそうなって四苦八苦しながら対処するのではなく、そうなりたくないから事前になんとかしようと思っているわけだから、未来そのものを嫌悪することになる。まさにお先真っ暗な状態に陥ってしまうわけだ。まさにこれ以上の不幸はないだろう。

今という魔法

何が起こるかわからないのは、誰にとっても同じことであり、それを心配したところで対処方法はほとんど無い。そう断言してもいいね。もっと言えばあなたは1時間後にどうなっているかなんてもことも、実はそうなってみないとわからない。ならなぜ普段は安心して過ごすことができているのかを考えたほうが良い。なんてこともなく寛いで過ごしているときは、あなたの未来はずっと予測不可能なのは変わらないけれども、それが起きたら起きたときに対処すればいいと思っている。もしくはそれすらも考えになく、今を感じているだけのことが多いだろう。もっといえば未来なんていう思考すらなく、聞こえてくる音楽に身を委ねて、美味しい料理に舌鼓を打っているだろう。そう、考えているのではなく、感じているだけのときだ。それが今にいる状態であり、なにかに熱中しているときであり、邪念がほとんど無い状況だろう。その時間を大切にしようとすれば、得も知れぬ未来に対する不安などを考えている時間がどんどん減っていくね。どんなふうになろうとも、今あなたは楽しんでいれば、それがすべてなんだ。