自分観察
そうじゃない
人生には思っていた通りに進むことよりも、そうではないことのほうがどちらかというと多いだろう。もちろん、思っていた通りになって満足している人もいるかもしれないし、それが心のからの夢や希望がそのまま現実となった人はそれでいいね。ところが、すべてがそう上手くいくわけではなく、そんな中でもちょっと不満を探せば驚くほどたくさん見つかってしまうだろう。そう、不満を探せばどんなに満ち足りた状態であっても、なぜか簡単に見つかってしまうものだね。ところが満足していたり、充足しているようなことはかなり考えないと気がつかないケースがほとんどだ。ただそういう思っていたことと違うことをだめなことと捉えるのはどうしてだろうか。そして充足していることに普段は全く意識がいかず、それすらも忘れてしまうのはどうしてそうなっているのか。そこを解明することで、幸せシステムの根幹というか原理に迫ることができるかもしれないね。
幸せ
そもそも幸せとはなんだろうか。という再確認が必要となる。それは人それぞれ十人十色で一概にこうだと固定化することは困難だ。しかし大雑把に分類してみれば、不快な思いがほとんど消えている状態だと言えるだろう。なら不快とは一体なにか。それも人それぞれだが、大枠で言えばあなたの定義するところから大きく外れてしまっていることだといえる。ようするに、あなたを不機嫌にする原因は、あなたのモノサシから外れていることなんだ。こっちのほうが素敵だと思っているのに、よりによってあなたが一番最悪だと思っているものを押し付けられたり、これぐらいはできて当然だと思っていることが、それすらも満足に満たされないものを目の当たりにしたとき、などがそうだね。要するにあなたの世界では常識というか、当たり前だとされているようなことが十分に達成できていないと不快に感じるわけだ。もっと単純化すればあなたの世界標準から外れたものだ。さらにそれは他人からすれば知ったこっちゃないことでもあるね。
最高の人生
それらを俯瞰して見ると驚くべき事実が浮き彫りになってくる。あなたが良かれと思って定義している幸せは、あなただけの世界でしか通用しないわがままだということだ。そしてそれが普遍的ななにかの意味があるとあなたは信じ込んでいるかもしれないけれども、大きな勘違いで独りよがりも甚だしいものだ。そう言われると、倫理観と規範意識が高いあなたからすれば、なんてことを言うのだ、と感じるだろう。それこそが独りよがりの証拠となるわけで、あなたが正義だという大前提がそこにあるからそうなるわけだ。正義はあなたが規定しているだけのただの絵空事だ。そしてそれはあなたの世界ではとても大切で重要なものだとしても、だからといってすべてに当てはまる代物ではないという事実がある。だから想定外のことや思ってたのと違うことばかりを目にすることとなっているわけだね。まずはそのカラクリにきづけるかどうかが最初の関門でもあるわけだ。メタ認知できないバカほど使いようがないと思っているのもあなたはそこに薄々気づいているからだよ。
