育ってきた環境

日々

言葉

世界は言葉でできている。損か得かも言葉だし、腹が立つことも言葉でできている。幸せもそうだし、不幸もそうだ。言葉にできないことはそもそもあなたの思考には現れることができないね。全部言葉によってあなたの心は揺れ動き続けてきたわけだ。もしあなたがこの世に生まれて、言葉のない世界で育ったとしたらどうだろう。それでも感情は揺れ動いているだろうか。それとも何も考えられないから、ただただ感覚だけで生きているだろうか。もはやあなたは言葉を上手に操ることができるからこそ、感覚だけで生きるという世界は想像するにも難しい世界だね。さらに深堀りすれば、あなたは言葉がある環境によってあなたが形成されてきたわけだから、そんなあなたに課せられた使命は一体なんだろうね。おそらくは言葉一つで助けられるなにかがたくさんある世界において、あなたの使命はその言葉を上手に操ることで、優しい世界を構築することかもしれない。それが唯一無二の使命だと気づいたなら、あなたの人生は大きく変わるだろう。

感じる

あなたが何かを感じるままに、そのままにいることがもはや困難だろう。その感覚からくる刺激によって、すぐさま思考が発動してしまうからね。なんとなく嫌な気分だな、と思ったとき、そもそも嫌な気分というものが負の感情だと分類されており、そしてその原因を探り始めるわけだからね。そして、すぐに原因と思しきものを見つけて、それが悪いことだと理解する。その分析回路には重大な欠陥があって、すべてはあなた以外のなにかを探すクセがあるということだ。あなた自身が悪いとはめったに思わないで、それ以外の要因ばかりに目がいってしまう。そしてそれを発見したときに、一旦の納得感があり、次にその原因を排除するなり解決するように行動させられるわけだ。そうして、その原因を消滅させるために攻撃という対応を取る場合が多い。それを退治してしまえば問題が解決するというあなたが獲得した公式に当てはめるからそうなるわけだ。そして勧善懲悪というアルゴリズムによってそれらはすべて動作しているとも言えるね。

正義と悪

良い悪いという判定基準は、あなたにとっては普遍の真理であり、疑いようもない所与の条件となっている。だからそれを再検討したり精査することはほとんどない。実のところその触れられない概念は、全く持って曖昧模糊であり、何が良いとか悪いとかを厳密にモノサシとして精査しようとした途端に、単なるあなたのドグマであることが露呈してしまうわけだ。例えば良いにも悪いにも段階があるとして、その目盛りは何を基準としてそうなっているのか、そしてそれは公式として採用できるほどの普遍性を持っているのか、科学的な分析までいかなくても途端に頓挫するぐらい荒っぽいことに気づくだろう。そして驚くべきことに、あなたの正義はあなたが思っているほど確固たるものではないということを知ることになる。あなたの身近な人が悪いと言っていたからそうだと思いこんでいるだけであり、あなたが育った環境ではそうだったという、単なる感想でしかない。それに気づくとあなたが生まれて言葉を操るのは、あなたがいる環境に影響を与えていく使命を担っているわけだよ。